ショットなストーリー

一枚の写真から浮かぶショートストーリー

メガネ

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眼鏡

 

   面白い話を聞いた。

 先日ある熱い国に旅行に行った人の本当の話である。
 ホテルの従業員は部屋に置いてあるセイフティボックスをいとも簡単に開けて、中のものを取った。

 セイフティボックスにメガネを預けていた客は、中をみてメガネがなくなっているのに驚いて従業員に言った。
「あのメガネはたいして高価ではない。でも、メガネがないと一日とて生活できない私にとってはとても大切なものなので、安全なセイフティボックスに仕舞って置いていた。

 メガネがないとホテルから出る事もできない。知っていたら探し出して欲しい」
 しかし、その従業員は答える。
「このホテルには、お客様の大切な物をセイフティボックスから盗むような従業員はいないはず。私に言われても困ります」
 客は心配そうに言う。
「あなたが取ったとは思いません。誰かが勘違いして、セイフティボックスに大切な物を預けるのは危険だから、と思いやりをもって自分で預かっているのだと思う。

 でも、それは、大した眼鏡じゃないので、大切に預かる必要もなく、安全じゃないセイフティボックスに置いても取られる心配のない値打ちのないものだから、預けていたのだと伝えて欲しい」
 従業員は困った顔で言う。
「もし、私の知り合いが間違って高価じゃない眼鏡を持っていたら、返すように言うよ」
 客はにっこりして、その従業員に安くないチップを与えた。

 翌日、セイフティボックスに18金で縁取りされた眼鏡が何もなかったかのように入っていた。
 …
 さらに、次の話も聞いた。別の客が同様な事件にあった。

 この客は以前、ホテルの従業員の対応を聞いていたので同じように尋ねた。
 すると、従業員は同じように困った顔で言った。
「もし、私の知り合いが間違って高価じゃないメガネ(グラース)を持っていたら、返すように言うよ」
 客は、ニヤッとして南の国の人に少額のチップを与えた。翌日、セイフティボックスにはメガネの縁を取り外したグラース(レンズ)だけが残されていた。

 さらに、次のような話が加わる。
 ある熱い国の従業員は、お客のセイフティボックスをいとも簡単に開けるが、そのセイフティボックスを従業員のためのお布施箱だという意味に解釈しているらしい。
 それを知らない日本人はお客様のためのセイフティボックスと勘違いして客の大事な物を預ける。その大事なものは従業員に対するお布施だから、当たり前のように従業員は取って行くのである。

 だから、くれぐれも、セイフティボックスには大切な物は預けてはならない。せいぜい、縁のない利用価値のないレンズ(虫眼鏡)を預けるべきである。

 もしかすると、今までの恩返しに、虫メガネと交換されたコガネムシが18匹残されているかもしれない。

 そのとき頭の中に次の童謡が思い浮かぶだろう。

 ♪~黄金虫は金持ちだ 金蔵立てた蔵立てた

   飴屋で水飴買って来た

  黄金虫は金持ちだ 金蔵立てた蔵立てた

  子供に水飴なめさせた~♪

    (「黄金虫」作詞:野口雨情 作曲:中山晋平

 

割れた茶碗

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割れた有田焼

  茶碗が割れた。食器を洗っているとき、石鹸にまみれた茶碗をすべらせて落とし割った。一瞬のことだった。軽く落ちたと思ったのにパリンときれいにちいさな2片を作り割れた。

 その茶碗は数年前、ある有田焼専門店で買った。手に取ってみてあまりの軽さに驚き、何度も他の食器と持ち比べてみて一番軽く感じられたので、とても気に入って買ったものだ。

 使うとき洗うとき、いつも他の物よりも軽いなと感じながら手に馴染んでいた。

 それがパリンときれいに割れた。粉々にはなっていない。割れ目を繋ぐときれいに合う。そのまま接着したらもとの形に戻りそうなくらいである。

 茶碗・皿が割れるのは何かの意味があるという。

 

 男は声を飲み込んでしまった。

 茶碗が割れた瞬間アット言ったきり言葉が喉の奥にくぐもって一時的に喋れなくなった。その後、少しの言葉をつかえるようになったが長話ができない。

 男はどちらかというと、やたらとお喋りの方であった。人の話に割り込んできて、その他人の話をまるで最初から自分が話し出したかのように喋り続ける特技があった。

 つまり、よく言う「話泥棒」人間だったのである。

 だれかが、昨日見たテレビの話をすると、すぐに、自分も見たと話しだし、そのテレビの話を延々に話続けるのだ。それは、それで話し出したほうもそのテレビに興味があったので話したのだから、男が違う感想を持つのを拒否したりはしない。その会話がはずめば楽しいだろう。

 それが、話し手が、自分の行った旅の話をすると、男は自分は行ったことがないのに、テレビで見た旅情報をあたかも自分が行ってきたかのように旅話を奪ってしまうのは噴飯ものである。

 男はその自分の特性を意識していない。相手に新しい情報を与えている、有益なことを言っていると思って親切心で喋っているつもりである。

 旅の話をした側に言わせれば、旅の楽しかった一次的体験を実感をこめて話したのである。自分の経験を豊かな思い出話として旅話をしたのである。それを、男の二次情報で塗り替えられると腹も立つものだ。さらに、テレビの情報はかなり高級なホテルに泊まったとか、美味しい料理を食べたとか、普段は行けないところも行ったなど情報満載で、旅人自身のつつましやかな旅行体験が色あせてしまい、話す気力もなくなってしまう。

 そうなると本格的な「話泥棒」で犯罪的である。

 しかしながら、男にはそこのところの機微がわからないのだ。人の話を最後まで聞くことができない。男の頭の思考回路は相手の言葉尻を捕らえて自分の物語に置き換える天才的頭脳が備わっているのである。

 すべての話題は自分に関りがあり、片時も自分を離れては成立しない。外国の偉い人の話でも、あたかも自分の知り合いの誰彼の話であるように自分に結びつける幸福な人間である。

 世界の中心に生きている「最大幸福」の人間である。

 ベンサムの「最大多数の最大幸福」を一人独占してるのである。

 なるべくなら、そのような人間には「君子危うきに近寄らず」と敬して遠ざけるべきである。

 そのような男が言葉を失った。しかし、少しの言葉は使えるが、長話ができなくなったのである。

 お喋り好きが長話ができないのは酷刑(滑稽)であり、可哀そうでもある。同情もするが嫌みの一言でも言いたくなるものだ。

「沈黙は黄金なり」で泥棒する必要がなくなったね、と。

 自分の特技(「話泥棒」)が発揮できないし、さらには、苦手な聞く耳(沈黙=黄金)を育てなければならないから。

 男は人間嫌いではなかったので、長話ができなくても人付き合いを続けた。最初は、人の話を聞くのも苦手だったが、少しづつ聞く耳を育てた。相手の話に相槌をうつのがうまくなった。少しの言葉で的確に反応することができるようになった。話を聞くのだから、相手の顔を見なければならず、その表情を観察することができるようになっったのだ。

 男の聞く耳はウサギ並みの聴力となり、目はタカ並みの観察力になった。

 聞く耳を訓練することによって、他人が自分とずいぶん違うのだと理解できた。他人の話がこんなに面白いものだと初めて知ったのである。

 タカの目で自分の回りを見ると、男はとんでもないものを見つけた。遠くに天使が飛んでいるのを見つけたのだ。

 男は、天使に話しかけた。

「言葉がうまく使えますように」とお願いした。

 すると、どうだろう。その翌日から男の唇にはたくさんの言葉が溢れるようになった。

 しかし、男には聞く耳という「ウサギ耳」と観察力という「タカの目」をもっていたので、「話泥棒」になる必要はなかった。

 男は「小話」好きな落語家になった。

 男の「タカの攻撃を忍者のように避けるウサギジャンプ」という創作落語が評判を呼んだ。

 その後、男は割れた茶碗を金継ぎし、家宝として台所に飾った。

 

 

 

その先には何にがある

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季節はずれのビーチ

  ここはサイハテの島、南端孤島の西の果てにある漂流島。

 草木も生えぬ荒れ地に枯れ木が一本立っている。流木が西のかなた太平洋から流れ着いたのだろう。海藻の緑が白い砂地に埋められていく。

 空と海が交差する水平線、その先になにがあるのだろうか。

 

 と思いたいが、ここは季節外れのビーチの海岸線。

 訪れる人もいなくなった人口ビーチは、夏の賑わいを忘れ、静かな波の音だけが聞こえる簡素な砂地地帯になっている。

 人工的につくられた湾岸は美しいカーブを描いているが、人々が訪れなければすぐまた荒々しい海岸線に変わるだろうか。

 海の向こうに一艘の船が遊覧している。遠くに航行しているので軽やかに海に漂っているように見えるが、波の高さに上下するように揺れていて、波間に浮かぶ枯葉のようにも見える。

 嵐になったらどうなる、と心が揺れる。

 忘れ去られた海岸、季節外れのビーチ、朝日が昇る時だけ映える水平線の向こう側には何があったのだろう。

 そこには昔、祈りの島・神の島があったと人々は言う。

 一匹の蝶がひらひらと太平洋を横断して来た、と書かれた詩があったけ。(※)

 「あっつ、チョウチョが枯れ木に止っている」

 そんな幻視を生む青のグラデーションに彩色された空に思わず息をのむ。

 琉球首里王府に残された古謡・神歌のおもろそうしに蝶は次のように謡われている。

 すゞなりがふなやれの節

 一 吾がおなり御神の

   守らてゝ おわちやむ

   やれ ゑけ

 又 妹おなり御神の

 又 綾蝶 成りよわちへ

 又 寄せ蝶 成りよわちへ  (「おもろそうし」第十三)

(歌意)

  我々のおなり御神が、守ろうといって来られたのだ。

  やれ、ゑけ。おなり御神は、美しい蝶あやしい蝶に成り給いて、

  守ろうといって来られたのだ。

 

 一匹の小さな蝶が大海原を渡って来て、この美しい島を守っている。

 

      ※「てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った」(「春」安西冬衛

 

 

事務所の中のジャッカル

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メキシコの守護犬

 ある年の初夏の一日。

 携帯が静かになった。
「ハーイ、何している。退屈でしょうがないよ。どこかに行こうよ」
 いつもの気まぐれなウサギからのメールだった。

 俺は疲れていた。今日は日曜日。昨日は土曜日、にもかかわらず会社に出勤して夜遅くまで働いていた。

 そして今、その残務のため、誰もいない会社の部屋で一人パソコンンに向かっている。午前中に昨日の仕事の報告書の続きを作成しなければならないのだ。
「今日は、午前中、仕事でかり出されて抜け出せないよ」
「なんだ、つまんない。

 久々に天気がいいからどこかドライブでもしようかと思って誘ったんだよ」
「ありがとう。俺も今日は外ではしゃぎたい気分でいた。

 仕事が終わったら、海でも見に行きたい気分だ。

 窓から見える青空がまぶしくてさ。もう、梅雨もあけるだろうな」
「そう、わたしも、この一か月ずっと、雨のち曇りの日ばっかりでしょう。洗濯も満足にできない日が続いてさ。

 朝起きたら、あまりの空の青さにびっくり、日曜日だしどこか行こうと思ってメールしたんだよ」
「OK。仕事を早めに終えて、北部でも行こうよ」
「じゃ、仕事が終わった連絡してね。バイバイ」
「バイバイ」
 俺は、携帯を脇に置いて、パソコンに向かい、猛烈に機関銃を連射するようにキーボードを打っていた。

 報告書は、修正も含めて一時間で仕上がった。

 次の目的があれば、どんなくだらない仕事でも集中して早めに終えることができる。 

 いつもは、時間潰しの仕事モードだが、余計な残業代もつかないサービス業務は早めに終えるに限る。
 窓の外を見ると夏雲がニッコリ笑って俺のつぶやきにうなずいている。

 人間は、あんがい天候に左右されるのだな、と俺は哲学者の深いため息とついた。

 世界の意味がチョットだけ理解できた。
 パソコンをシャットダウンし、部屋の明かりとクーラーを消し、事務所の部屋のカギを閉め、警備の自動装置をセットし、建物の外に出るドアのカギを閉め、さらに、格子のカギを閉めて、俺は会社を後にした。
 車に乗って帰路に着く。
 そういえば、俺がこのセンターに移動して初めての事務所の開閉だ。

 その間俺は、なるべく、誰かが残業しているうちに帰るように意識して帰る時間になると時計ばかり見ていた。

 一人ひとり、順序良く退社するが、必ず、誰か遅くまで残業する社員がいて、その間をうまく、「波乗り稲村ジェーン」のようにサーフィン帰りしていた。
 初めての居残りは仕職場に慣れる訓練になる。

 新しい職場のその事務所への適応は時間がかかる。

 あの席に、あの人が、この席にこの人が、なぜか、それぞれに自信をもって居座っている。それは、自信満々に仕事をこなしているよう見える。

 俺のこの椅子は、以前、誰かが座っていた。引き出しを開けるとその人の気配を感じる。職場の和気藹藹は俺にはふさわしいのか。前任者の魅力的な人物像が作り出した空間に俺は相応しいのか。
 なぜに俺はここにいるのだろう。悩める凡人のため息をつく。
 俺は、三か月間、大自然の息吹にシンクロするジャッカルのように息をひそめて周りをうかがって引き攣った笑いを繰り返してきた。

 耳と、鼻を笑い目の奥に忍ばせて、居場所周辺の音を聞き、匂いを嗅ぎ、五感のフルスロットルで戦場を暗中模索していた。
 今日俺は、この事務所の隅々まで観察し、机の位置を確認し、今まで歩いて行けなかった端っこの場所まで足を延ばし、棚に手を置き、犬がテリトリー内におしっこするように両手でバタバタ指紋をつけた。

 隣の机までの歩数を数え、開けても見たことのない扉を開き、冷蔵庫の中を覗いた。腐った匂いはなかった。
 俺は、満足の笑みを浮かべ三か月間の苦痛が体全体から少しずつ引いていくのを感じた。空腹を感じたので、腐っているかもしてない誰かのロールパンを冷蔵庫から取り出し食べた。まずかったが、食べたということに満足を感じ、気分はよかった。
 今日は、この空間を俺が支配している。そう感じた。明日からは、おびえずに仕事に集中できるだろう。
 車は、クーラー全開の完全冷房で、暑い熱気を車外に輩出し、快適に海岸道路を疾走する。

 半島のハイウェイに侵入した瞬間、時速100キロのスピードで飛ばした。

 俺の高揚感は脳内細胞を刺激し肉体をはみ出し、道路の向こう側まで飛んだ。すると、車も同時にスピンし、空中を飛んだ。

 俺は、胃に痛みを感じ、腔内に臭気を嗅いだ。
 俺の目の前を冷蔵庫のロールパンが飛び散っていた。

 俺は車ごと海に突っ込んでいった。

 

 

八本指のエビの足

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皿に残されたエビフライの尻尾

   

 猫の指の数が何本あるかご存じだろうか。前足が5本、後ろ足が4本あるのが通常である。

 作家のヘミングウェイの愛したネコには前足の指が6本あった。それを「ヘミングウェイ・キャット」と呼び幸運を招くネコだと言われている。

 海を愛したヘミングウェイは船に乗って釣りに行くことが好きだった。

 知り合いの船乗りの船長からもらったネコには6本の指があった。船乗りの世界では、ネズミをとるネコは重宝され、帆船のロープを器用に渡る、それも6本指のネコはどちらもうまく「幸運を呼ぶネコ」としてお守り代わりになっていたのだ。

 ヘミングウェイが譲り受けたネコも6本の指を持っていた。

 指の数が多いネコは幸運を呼ぶ。

 しかし、・・・

 

 私は、とある港町の海産物料理屋にいた。

 私は八時間も車を運転していた。

 朝から、注文の品物を届けるためはるばる、会社から八時間も車を運転してこの港町にたどり着いた。注文の品を相手方の会社に納品してやっと一息ついて、表看板につられて入った店がここだ。

 看板は港町にふさわしく派手な魚介類の絵で装飾してあった。

 私は、朝から食事もせずに八時間、途中ガソリンスタンドで買ったスナック菓子を食べただけだった。もうクタクタで腹がペコだった。

 ノレンをくぐると普通の居酒屋風の店構えで、私はカウンター席に腰掛けた。メニューを見るとやはり魚料理中心の品書きだった。

 私はエビフライ定食を注文した。この地域はエビ養殖が盛んで、養殖エビを主な地場産業商品として売り出している。いろいろなエビ料理がメニュー化されている。

 私はそのタクサンあるエビ料理には目のくれず、見慣れたに簡単なエビフライを注文した。

 チョット遅れて入って来たお客さんもカウンター席の隣に座ったが、同じような一見さんらしく、目をキョロキョロさせていたが、結局、エビフライ定食に落ち着いた。

 私の方が少し早くエビフライ定食が出された。

 大きなエビが四本並び、豪華な感じがした。私は、ゆっくり肉厚のエビをかみしめるように食べた。

 隣の客は、急いでいたのだろう。私よりも後に出されのだが、相当にお腹がすいていたのだろう、あっという間に四匹のエビフライを平らげて帰っていった。

 私は、こんなおいしいエビフライを味わうこともなく早食いするなんでもったいないと思った。でも、初めての客には普通のエビフライだと思ったかもしれない。

 よく見ると、なぜか、皿の横に四つのエビの尻尾が綺麗に並べられている。

「ふん、変わった食べ方だな」と私は気にもせず自分のエビフライを食べ続けた。

 エビフライは美味しかった。今まで食べたエビフライの中で一番美味しいエビフライだった。それも四本もエビがついている、豪華賢覧なエビフライ定食だと思って満足して食べ終わった。

 ふと、横をみるとまだ、隣の客の皿は片付けられていない。エビの尻尾が四尾、皿のあたま?の左側に並べられている。なんだか、なにかの足のように見えてくる。

 私もなぜか、自分の食べ残しのエビの尻尾を皿の左側に並べてみた。

 皿の頭の方に一匹づつ並べる。まるで八つの指が並んだように見える。

 八つの指を持つ動物?

 とその瞬間、突然、皿がガタガタ動き出した。それも、隣の皿も同調したかのように動き出した。

 何か、上の方から引き上げられるように、二つの皿は、交互にカウンターの上から床へと飛びはね、規則正しく前へ前へと進んでいく。まるで、両足が前進するように並んで交互に進んでいく。八本指の足が交互に前へ前へと進んでいく。

 八本指を乗せた皿が、生き物のように前進していく。私はその足につられるようについていった。二本の足は海の方へ向かっている。

 カチっつ、かちっつと皿の音を立てながら不思議な皿足はコンクリートの道を歩き、桟橋からポトンと海の中に飛び込んていった。

 私も同じように海へ飛び込んだ、と思った。

 とたんに、私は、カウンターにもたれ掛かり、水の入ったコップを転がし、べチャッと水に顔を浸し目が覚めた。

 私はもう少しでカウンターから転げ落ちるところであった。カウンターの皿は何もなかったかように、エビの尻尾が四本並べられていた。

 隣の皿はすでに片付けられている。

 私は慌てて皿を抑え、皿にならんだエビの尻尾四個を口に入れて食べた。

 八本指の足は手の指の数に勝って勝手に歩きだす。

 それは幸運な何かの兆しだろうか。

 

 

青空のディスタンス

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鉄塔コンビ

 

 ちょっと太めのR鉄塔と、細めのA鉄塔が二つ並んでいる。

 向こうの山が小さく見えるほどの威風堂々の鉄塔コンピ。

 「雨にも負けず、風にも負けず、(雪にも)夏の暑さにも負けぬ」丈夫な鉄骨を持ち、鉄塔は街中の家に電気を送っている。

 R「俺たちチョット働きすぎじゃない」

 A「まあ、そう言うなよ。俺たちが休むとみんなが困るんだよ」

 R「それにしても24時間、365日立ちっぱなしの働きづくめはキツイね」

 A「それは仕方がないよ。人々が安心して生活ができるように俺たちが、頑張っているわけよ」

 R「でも、最近、腰に痛みが走るようになってね。たまには、横になりたいよ」

 A「そうだね。横になっても電気が送れたら楽だね。俺、足が細いからバランスたもつのに苦労するよ」

 R「夜になったらみんなが眠るように、俺たちも真夜中は暇だから横になってもいいかもしれない」

 A「そう、どうせ俺たちが横になっても気づかないさ。電線をチョット延ばしてくれたら助かるね」

 R「まあ、そうだね。送電の量を減らしてくれたら、少し居眠りしても大丈夫かもしれない」

 A「真夜中の漏電も減るかもしれないよ」

 R「そうだな。夜の火災は怖いからね。気づかないうちに一気に燃え広がるから危険だよ」

 A「それに、台風の時には立ちっぱなしは大変だよ」

 R「そうだね。千葉の台風で俺たちの仲間が二基倒れたからな。風の強い日は、横になっていいいという工夫がが欲しいね」

 A「まあ、人間は俺たちのことを風景の一部だと思って、あまり気にしていないかも知れない」

 R「そう、この写真のようにインスタ映えするからね」

 A「台風の時の停電や近くにくると音がうるさいとか、自分たちが不便になった時だけ気づくぐらいだね」

   R「まあ、いいじゃない。誰にも気づかれない時が一番安心な時だということだよ」

 A「そうだね。静かに、静かに風景に溶け込もう」

 R「そうしよう」

 秋空の中、二基の大きな鉄塔が、小さな声でおしゃべりしていた。

 

 

 

 

 

 

  

 

比蛇川の謎

 

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比謝川大橋下の比謝川

 K市の中心を流れK動物園の中にある溜め池に起源をもち、K町に下り、東シナ海に流れる、長さ3キロメートルの比謝川は、梅雨時の雨に充分に水分と養分を与えられ、生い茂る雑草・雑木は密林のように川の岸辺を覆っている。

 川は、灰色の粘土が川底にたまって淀んでいる。

 どんな魚が生息しているのやら。テレピアは確実に潜んでいるだろう。カメも川の中央の岩に天気のいい日に日向ぼっこしているのを見かける。

 深さはそれ程ないが、泥で濁っている分底なし沼のようにも見える。
 個人で飼育していたニシキヘビが、比謝川の岸辺の密林に逃げたという噂がたって、数年がたつが、蛇の行方は杳として知れない。
 その頃から比謝川は「比蛇川」として揶揄され、誰も近づかない秘境となっていた。
 一人の男が何を考えたのかH橋から釣り糸を垂れて魚釣りと洒落こんだ。

 遠くからぼんやりと釣り人を見ていた別の男がいた。

 釣り人が釣り糸を垂らした瞬間、大きな大蛇が口を広げ川底から飛びあがって釣り糸を垂らしていた男を丸呑みして、すばやく川底にもぐりこんだという。

 ポチャンと音がして、川は大きな渦を巻いていた。欄干には男の被っていた帽子と、釣り竿以外の釣り道具が残っていたそうだ。

 それを聞いた人々は、話がホラすぎて誰も信じなかった。
 近くの、TというK市役所・観光課に勤めている中年の男がその日の昼から戻らないとの家族からの届け出があったので、遠くから見ていたSという男のホラ話を警察は捜索情報の一つとして取り上げた。
 比謝川の川底さらいの大捜索だとK署の署長の命令が下り、力のある男たちが一斉に駆り出された。

 以前から、大蛇の噂話を知っている地元の人々はへっぴり腰で川に足をつけるだけで、本格的に川の中に入ろうとはしない。

 淀んだ水の底に不気味に光るものが、大蛇の目に見えて誰も本気で泥を浚いだそうとはしなかった。

 警察にしても、相手が人間であれば市民の手前、日ごろの勇敢な警察官の態度で頑張れるが、なにせ獰猛な大蛇が相手だと「これは、動物園の仕事だ、博物館の役割だ」と恐れも加わって捜索に力が入らぬ。

「そのうち見つかるさ」と気長にやる気なのかやる気がないのか、捜索は一日かかったが何の成果も上がらず打ち切りとなった。
「人間を飲み込むほどの大蛇が、比謝川にいるはずがない」

 R大学の動物行動学者、町田五太郎の発言に警察も重きをおいて、証言者の勘ちがいだ、と単なる男の家出であると判断した。

 警察は事件にせず比謝川捜索を終えた。
 

 三年が過ぎた。
 相変わらず、ジャングル状態の比謝川周辺は、そこに川があるのかも判別出来ないほどになっていた。H橋があるから、かろうじて川があるのだろうと推測される程の密林地帯となっていた。
 ある雨風の強い、台風を予感させる天候の悪い日であった。強風が、密林の中まで吹きすさび、一瞬、竜巻状の突風が密林の上空に舞い上がった。

 その時、大きなカーテンのような、垂れ幕のような大きな布が空に翻った。翻ったかと思ったが、風の勢いが緩んだとたん布はH橋の中央にふわりと舞い降りた。
 それは、古びた大蛇型の鯉のぼりだった。鯉のぼりのような形をして、大蛇の顔と長い胴体と尻尾が描かれていた。人間が一人入る程の大きさの筒状の大蛇のぼりだった。
 大蛇の頭が描かれた口の部分に釣り糸がからまっていた。もちろん、人は入っていない。橋の上でパタパタと大蛇がうねるように翻っている。
 翌日、強風もおさまって、T橋を通りかかったのが、例の「釣り人丸飲み事件」の発見者Sだった。Sは、すぐにピンと来て大蛇のぼりを警察に届ける事をせず、自分の家に持ち帰って家の裏の倉庫に隠した。
 SはTの家に向かった。

 Tの家はあれから、大蛇にのまれた男の家として観光名所となり、大蛇にのまれる瞬間の男の銅像が記念碑として立てられるほど、市内一番の名所・旧跡ともなっていた。

 周りには、「大蛇餅」、「大蛇饅頭」、「大蛇ラーメン」等、銅像に似せた「大蛇キーホルダー」を売っている店が立ち並び、多くの観光客で賑わっていた。

 Tの家は「T商店」として、一番繁盛しているお土産品店に様変わりしていた。ニコニコ顔のTの妻が女将として店を取り仕切っている。
 Sは、店に入って行った。

 ポケットから、小さな「大蛇のぼり」を出して店に並んでいるキーホルダーの横に置いた。それを見た女将は、にわかに引きつった顔をしてSにくってかかった。

「お客さん、勝手に物を置かないで下さい」
「勝手物じゃないよ。新しい、お土産品だよ。」Sはポケットから似たような「大蛇のぼり」を取り出して店頭に並べた。

 女将は、Sが置いた御守りみたいな布袋を凝視し、一瞬にして理解した。女将のひきつり顔は苦笑いに変わった。商売人らしく手揉みしてSを迎えた。
 小さな「大蛇のぼり」は新たな、お土産品として500円の値札が付けられた。
 

 数年後…。
 店の横には大きな大蛇のぼりが青空にうねるように旗めいている。橋の下の川はK市の新たな名所・観光地として「比蛇川秘境地帯」との名を得ている。
 読者はここに来て、はたっと行方不明のTの事が気になって落ち着かないだろう。筆者も落ち着かない。どうしたものだろう。Tの消失ぶりは堂(ドウ)に入ったものだと思っている。シャレメッキではない。本銅(ホンドウ)である。
 付け加えてさらに二年が過ぎた。Tは死亡者として女将より役所に届けが出された。翌日、店の名前は「S商店」と看板が取り換えられた。

 新婚ほやほやの二人は、毎日幸せそうに、男の銅像(ドウゾウ)を磨いていた。

 

                         

ピンクの城門

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遊び場

 

 公園の階段は赤、ピンク、緑のセメント丸椅子が並び、ピンク色の壁門が段々じょうに延びている。

 一匹のサルがピョンと壁門からセメント丸椅子へ飛び跳ねて、空に飛んでいった。

 空にはたくさんのサルが浮かんでいる。

 足をバタバタさせ、手を水平に広げ、立ち泳ぎのように浮び踊っている。

 サルの群れの飛行ダンス。

 サルの一匹がピンクの壁門をスーッと低飛行して潜り抜け、地上に降りたった。

 ネコがビックリひっくり返り、犬はクンクン鼻をのばして自分の尻尾を追う。

 鳩は羽をパタパタ、目玉をグルグル(声もグルッツグル)させ、チョウチョはいつものようにヒラヒラ、優雅に知らんぷり。

 公園で遊ぶこどもがサルの後を追う。

 こどもに捕まるようじゃ烏帽子の猿回しザル。そんなサルじゃごザルまい、地上から木へ、木から空へと三段飛行はまるでクモ糸なしのスパイダーマン

 いや、スパイダーモンキーはマスクいらずの空中フライモンキー。

 動物園からサルが逃げ出して30年。

 人間のエサだまし捕獲作戦にも屈せず、地上から木へと飛び移り、途中の手足の動きを工夫して、空気抵抗をうまくコントロールし空へと飛びあがった。

 ピンクの城門、サルスベリ飛行台。

 サルに三本毛が生えず、手足に飛膜が生え、100m飛行ができるまでになった。

 サルから跳びザルへの大進化だ。

 丘の上の木のある公園は跳びザル最適環境居住地。

 ここはサル山公園王国。

 

 

 

 

 

 

大人も出ずに居られない街(ディズニーランド)

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ネオン輝く街



 清三の耳が聞こえなくなったのには訳がある。

 清三が、三歳の時である。

 母親が添い寝をしていながら居眠りをした。そのあまりにも大きないびきに清三は耳をふさぐしかなかった。耳をふさいでも母親の大きないびきは清三の脳の中にまで響く程であった。
 清三は神様に祈った。
 「神様、僕の耳を音が聞こえないようにしてください。

 ママの大きないびきが聞こえないようしてください。」
 清三は、いつも母親から神様の話を聞いていたので、神様の大きな力を信じてお祈りした。

 するとどうだろう。大きないびきは小さな呼吸音に変わり、清三の耳にも子守歌として静かに聞こえ安らかに眠ることが出来た。
 次の日から清三の耳は聞こえなくなった。

 母親は驚き、原因を知らずうろたえた。

 街じゅうの耳鼻科に清三を連れていって調べてもらったが聴覚的な原因はないとのことであり、何か精神的なものが原因ではないかと医者は診断した。

 母親はそれではと街じゅうの精神科医を訪ねた。

 医者は答えていう。
「器官的な原因でもなく精神的なものでもない。なにか、不思議なことが原因ではないかと思われます」と訳のわからないことを繰り返すだけである。
 母親は、悩んだ。こんな街では自分の息子は救えない。

 母親は清三の父親、つまりは夫と別居し世界的に有名な霊能力者がいるKシティに移り住んだ。そこは、世界中から悩める人々が救いを求めて集まって来る場所であり、K教祖を一目でも見よう、霊力を浴びようとの人々で大きなシティを形成していた。

 Kシティは鉄骨地帯にあり、K教祖が数名の信者をつれて小さな屑鉄街にコミュニティを作ったのが三年前である。

 K教祖の偉大な力は世界中に知れ渡った。

 K教祖が頭に手をかざしただけでて十年も臥していた老婆が立ちあがり、生まれながら目の見えない少女の目が見えるようになった。

 三年前に死んだ、愛する夫が蘇えった。

 死産した胎児が母親の横に幼子として蘇っていた。

 歩けない人が歩けるようになった。耳が聞こえた。目が見えるようになった。死者が蘇った。十五年も痛風に悩む男はビールが飲めるようになった、等など。
 Kシティからは多くの奇跡が報告されていた。

 世界中から巡礼者、悩める者、障害を持つ者が移住して来る。

 さらに、多額の寄付金が送られていた。

 清三の母親はKシティに移り住んだが、K教祖に会う事は出来なかった。何万人もの人々の面会を受ける教祖に会うには数年待たねばならないのだ。
 母親は三年待った。「御面会」のお札は回って来なかった。あと、三年待ちだとの「お通知」が来た。

 母親はあきらめて、清三の好きであったデイズニーランドの近くに家を借りた。
 母親は毎日清三と一緒にデイズニーランドに行った。

 ミッキーが好きな清三はいつも楽しそうにしていたが、耳が聞こえる事はなかった。 

 夜になると、母親は相も変わらず清三を傍において寝ているのであった。
 ミッキーもティッピーも好きだったが、清三の耳にははしゃぎ声もお客さんの楽しい声も聞こえなかった。清三は楽しかったが、清三の耳が治ることはなかったので母親は日々苦悩した。

 そのうち、デイズニーランドに通い続けるのを辞めた。
母親はまたしても引っ越しを考えた。その頃はもう夫もあきれ返って離婚の手続きをしていた。

 清三は母親との二人家族になっていた。
 次に移り住んだのは母親が大好きな大都会であった。夜は、いつもネオンが輝き人々が溢れかえっていて大人も出ずに居られない街(でずにイラレナイらんど)である。
 母親は楽しみたかった。

 この、十年間いつも清三のそばで涙ぐましい母親を演じてきた。少し疲れていたのである。夜に、そっと抜け出して清三の眠っている間に一人で楽しみたかったのである。
 夜になるとそっと出ていく母親に清三は気づいていた。しかし、清三は母親が傍にいない方が安心して眠れるのだと思った。

 信心深い清三は神様に祈った。
「神様、もう僕は一人でも眠れるので耳が聞こえても大丈夫です。耳が聞こえるようにしてください。」
 清三は十五歳になっていた。
 翌日から母親は帰って来なかった。

 母親の大好きな大都会は、喧騒と怒涛につつまれ夜中も騒音で溢れていた。
 清三は大きな音が聞こえても一人で静かに眠ることが出来た。
 清三は夢を見た。

 ママが踊りながら大きな声で子守唄を歌っていた。それは、なつかしい、大きないびき音にも聞こえた。

三通の手紙が来た

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郵便ポスト

 三通の手紙が来た。

 一通は石川県から、二通目は山梨県から、三通目は福島県からだった。

 一日おきの消印だった。送り手は石川県から山梨県、そして福島県と移動しながらこの手紙を送っている。

 一通目の手紙は「6月24日は晴れるだろう」と書いてある。

 二通目の手紙は「6月24日は豪雨だ」との予想だった。

 三通目の手紙は何も書いてなかった。「?」の文字が書かれているだけだった。

 すべての手紙が同じ人物の書いたものであるのは宛名の筆跡で分かった。その意味するものは理解できなかった。いたずらで手紙を送ってきたのか。

 宛先の住人Sは考えた。

 三通の手紙が間違って送られたのではない。書いた人の意思によって送られたのだ。その動機は不明だが何かの意図を持って送ってきたのは確かだ。

 6月24日の日付に意味がある。その日の天候に関りがある。「晴れ」で「豪雨」という二律背反の状況を創り出している。さらに、それに謎マーク「?」を添えている。全体的には謎である。

 まず、すべてが謎であることからはじめよう。

 石川県からは「6月24日は晴れ」で、山梨県からは「6月24日は豪雨」で、福島県からは「?」が示された。それぞれ送り手の場所の状況を示していると解釈してみよう。

 「石川県は、6月24日は晴れるだろう」し「山梨県は、6月24日は豪雨だ」となり「福島県は?」とのことだが、前文二通は文意は成り立つが、三通目の福島県はそれ自体が「謎」であり意味不明である。全体をまとめるものがなく謎に包まれる。

 今度は、送られたSの地域の天候状況に関しての予想だとすると、石川県から「Sの地域は6月24日は晴れるだろう」となり、山梨県から「Sの地域は6月24日は豪雨だ」となり、福島県だけはあい変わらず「謎」で終わってしまう。

 前文二通はそれぞれに送り手の天気予想として成り立つが、福島県の「謎」は分からない。

 次は、逆に福島県からの「?」を先に解明して、それから石川県、山梨県に続けるべきだろう。「?」とは謎、疑問符の記号、問いかけ、クエスチョン(ナゾ)になる。「福島県の謎」あるいは「Sの謎」あるいは「Sの地域の謎」あるいは「謎それ自体」。それらのどれかが天候にかかわる事があるのだろう。少し関連があるのは「Sの地域の謎」ぐらいだ。「(Sの地域は)6月24日は晴れるだろう(し)、豪雨で謎(に満ちてる)」ということになる。

 もう少し、分かりやすい文書にしてみると、「Sの地域は6月24日は(朝は)晴れるだろう、(夜には)豪雨になり、謎(の現象がおこる)」という文章が成り立つ。

 直接的な文書にすると「Sの地域は6月24日晴れるだろう、豪雨になり謎が発生する」つまり「Sの地域は6月24日、晴れて豪雨になり謎が起こる」というわけである。

 Sは斎藤という。斎藤さんの住むところは高知県である。

 高知県の有名な何かが関わっているのだ。斎藤さんは長らく考え込んだ。斎藤さんの住む高知県はUFOのよく出る地域として有名である。過去にこんな事件があった。

 高知県高知市の介良地区に手に抱えるくらいの円盤型の造形物を複数の中学生が発見した。その円盤は叩いても傷つかず、水を入れると途方もなく吸収し、ひもで縛って保管しても、発見した元の所に戻ってしまう奇妙な行動を繰り返していた。そのうち突然消え去ったという。

 作家の遠藤周作は後にこの事件を取材している。
  
高知県はその後も多数のUFOの目撃談が残されているという。

 手紙はUFO研究家からのメッセージだった。

 6月24日は天候が異変してUFOが出現するとの情報である。

 手紙を送ったそれぞれの地域はUFOが良く出ると評判の名所のある県である。

 石川県の羽咋には「UFO博物館(コスモアイル羽咋)」があり、福島県貫山には「UFOふれあい館」がある。山梨県は有名なUFO事件(甲府事件)があった。

 甲府市の小学生二人が、ブドウ畑に降り立ったUFOと、乗っているチョコレート色のしわしわの宇宙人と出会っている。飛び立つ飛行物体は大人も目撃している。作家の影山民夫も飛行物体を見たと証言している。

 6月24日はUFOの日だ。1947年、アメリカ・ワシントン州の山脈に9機の円盤状の飛行物体が目撃されている。それが地元の新聞社に取り上げられ、「flying Saucer(空飛ぶ円盤)」と呼ぶようになった。具体的な未確認飛行物体(UFO)の初出である。

 三通の手紙は6月24日はUFOの日であり、空の異変に注意しろとのメッセージだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

右が左、左が右・・・

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カーブミラー

 男は車を運転していた。

 T字路の曲がり角にさしかかった。男は前方のカーブミラーを見ながら一時停止した。カーブミラーには前方道路の左側に車はなかった。男はT字路をスローで右折する。対向車はない。

 その時だ、急に左側から高速スピードで一台の車が疾走してきた。男は急ブレーキをかけた。車はギーギッツと音を上げて止まる。左からの対向車はカーブミラーに写らずスッと消えた。

 車は来なかった。男の見間違いだったのだろう。カーブミラーに写った影を車と見間違えたのだ。男はそう判断して、車を再び右折進行した。

 男の運転した車は本通りに出た。男は車を運転しながら、さっきのカーブミラーに写っていた車の影のことを考えていた。確かに、左側から車が来ていた。それが、見間違いだったのは幸いだが、どうも納得できない。

 黒い車の影はスッと消えた。あれほどハッキリとカーブミラーに写った車体が消えるはずはない。

 男は車を運転しながら考えている。頭の中はさっきの出来事に集中しているので、男は今どこを走っているのか気にしていない。

 走っている所はいつもの道路である。走りなれた道であり、迷うことなく目をつぶって運転しても目的地に行けるほどの慣れた道路である。

 道路は光が溢れている。キラキラ鏡に太陽が反射しているようなまぶしいほどの道なりだ。

 男は左右対称の鏡の世界に紛れ込んでいた。さっきの曲がり角で男は左からの車を避けようと、そのままカーブミラーに写った道路に突進して鏡の中の道路を走ってしまったのだ。

 男は反対道路を走っている。いつか気づくだろう。

 ここでは、すべてが左右対象だが、男が鏡を鏡と意識するかぎりそうなのであり、鏡の世界にどっぷりつかると左右に違和はない。たんに、右が左、左が右になっただけの世界に落ち着くだけである。だが、車と人だけはもとのままの意識・形態を保っているので左右対称の世界に生きるのは難しい。

 たとえて言えば、日本車でアメリカの道路を走るようなもの。あるいは、左利きの人間がパチンコ屋でパチンコを打つようなことか。はたまた、鏡に映ったピアノをそのまま鏡の向こう側(現実の側)から弾くようなものだろう。音は、左に高くなっていく、それを弾き続けることは可能か。ジミヘンなら、ギターをひっくり返して左手で弾くだろう。でも鏡の中の世界での生活は苦労するだろう。

 この感想めいた一言は、鏡のこちら側にいる、先ほどのカーブミラーの傍に立って男の車の動向を一部始終観察していた者が発している。

 カーブミラーの傍には、鏡の国の門番がいつも待機している。

 

 

赤バナーのレイに囲まれて

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赤いハイビスカス

 そこは三方を壁に囲まれた小さな広場だった。

 その小さな広場は、私が友人・Kを訪れたK市にあった。

 五年前に知り合ったKはこのK市に住んでいるはずだった。

               1 

 東京で知り合ったKは三年前故郷に帰っていった。せっかく知り合って仲良くなったのに残念だ、もし、K市の近くに来るようなことがあれば、ぜひ立ち寄って欲しいとKは心を込めて言ってくれた。

 Kと私は知り合ってすぐ仲良くなった。同じ趣味が起因したのだろうか、話す内容が多岐にわたっていても会話が途切れることはなかった。二人が行ったことのある場所もほとんど一緒で、まるで双子の兄弟のような親しさで接していた。

 私とKは二日を開けず互いの貧しいアパートを訪ねあった。話は尽きず、週末は酒を酌み交わしながら深夜まで話し込むこともあった。

 Kがいなくなってからの私は自分の一部がもぎ取られたかのように抜け殻となって、外に出ることもなく、ひっそり部屋に閉じこもることが多くなっていた。友との楽しい語らいを思い出しては一人酒にふける夜も多かった。

 私は孤独を紛らわすようにひたすら文書を書き続けた。

 その書き溜めた文書が少しずつ読者の目につくようになり、いっぱしの文筆家として一部では知れるようになっていた。それも、ほとんどが、Kと語り合った中に思い付いたアイディアがもとになっており、私自身のオリジナルというにはほど遠いものだった。Kがそれを知れば、あるいは何か批評めいたことも言って作品をけなすかも知れない。それは十分ありうる。Kのアイディアが大分をしめているが、私は文章は自分の文体であると突き放して言える程の自信もなかった。

 また、文章はたいして売れてない雑誌に掲載されており、私のほうから知らせない限りKの目に止まることはないだろう。私はそう割り切ってKに対する罪悪感を薄めることにしていた。できれば、ひとことKの名に触れることも考えたが、すべてにKの名が出るのはこちらの無能さを晒している気がしてそれは控えた。二人で語り合った中で生まれたアイディアだが、書いたのは自分だから作者である私に作品は帰すると強引に納得した。

   その雑誌に掲載された短文が一冊の本になる話がでた。私はこの機会にKを訪ねて雑誌掲載になった短文集が一冊の本になることをKにも知ってもらい、できるならKの心よい承諾を得たいと考えていたのだ。

 Kとは長く文通が途絶えていた。二年前、ちょうど私が突然文書を書く才能が与えられたかのように、集中して短文を何本も書くようになってから音信が途絶えた。何度かKの住むK市の住所へハガキなどを出すのだが、返信はなかった。

 私は忙しさに紛れてKの所在を確認することを怠っていた。

               2

 ひさしぶりにKから連絡があったのは、不思議だが、直接私の携帯のメールに文書が届いたのだった。私はKとメール交換をした覚えもなく、長い音信不通の間に、携帯で話したこともなかったのだから。でも、なぜかKなら私のことは何でも知っているのだろう、と無意識のうちに納得して、Kに近くK市に立ち寄る予定である、その時にまた会おうとの返信メートを送った。

 その後、何度かメールを送るが返信はなかった。Kもなにかと忙しいのだろうと、こちらから一方的に訪ねる日付を指定して、Kの故郷に向かったのだ。

 最初の予定では朝早くの飛行機に乗り、空港からタクシーで直接、K市に行く予定であった。しかし、なぜか、飛行機は遅れ、飛行場でのタクシーがなかなか捕まらず、しかたなく長距離のバスに乗ることになった。

 Kの住むK市は南の島の中央にあり、南に位置するN市の空港からバスだと一時間以上かかった。

  そのバスも道路の混雑がわざわいして、K市に着いたのはもうすぐ陽が落ちかかる午後六時頃だった。それから、地図をたよりにKの家の近くらへんまで歩いて行った。そこからは、近くの人に尋ねればいいだろうと軽く考えていた。

 私は、両側に白亜の丸屋根のアーケードがあり、真ん中に道路を挟んだ商店街を歩いていった。その途中に小さな横道がありそこに入ると、表の商店街にあった建物が途絶え、なんだか鬱蒼とした小さな茂みに入っていった。

 あたりは十分暗くなっていた。

 表の建物が並ぶところとは対照的に、突然緑が生い茂る草花の多い緑地が続いた。そこの一角に周りが赤い花で三方を囲まれた小さな広場があり、その中にぼーっと昔の東京でKの住んでいたアパートに似た建物の一部が浮かび上がって来た。

 私はなにも疑わずに、ああ、Kはこういうアパートが好きだったのか、と昔と同じ入り口に近いところにあるだろうKの部屋のドアを叩いた。私ははじめてであるにも関わらず、Kがそこに住んでいるだろうと確信し迷うことなくドアを叩いたのだった。

 すると、思った通りKが出てきて、昔と変わらない笑顔で私を迎えてくれた。その部屋の中も昔そのままの配置であり、すこし、周辺がぼやけているような感じがしたが、私はあいさつもそこそこに板間に座り、持ってきた五冊の雑誌を広げてKにそれぞれの短文が本に成ることを話し出した。

 Kは喜んでくれた。自分のアイディアが生かされていると文章の構成もほめ、自分だったらこうは書けなかったと賛辞を寄せてくれた。一冊の本になると言うと別に構わない、書いた私の自由であると納得してくれた。Kは文書の一部を熱心に読んで、その文章から思い出したのか、昔の懐かしい話をさも愉快そう語りだした。

 私は安心した。Kが承諾してくれて本当によかった。私はこれからも文章を書き続けようと心に決めた。Kとの話はKの近況にもおよんだが、Kはなぜか話したがらなかった。近くのコンビニで買ってきた泡盛を水で割って、Kの部屋にある小さな縦長の茶飲み茶碗で酌み交わした。

 話は尽きなかった。外はしんとしてたおり、たまに冷たい風がふっと吹き込んでくる。部屋の中なのに壁からはうっすらと赤い花が周りを取り囲んでいるように見える。

 Kは赤いペンを持ち出し、雑誌の文書を何か所か校正してくれた。私はK ならかまわない、Kの才能に畏敬の念を持っていたので、いまでも文書を書くのかとKに聞いた。Kはもうやめたときっぱりとした口調で言った。私は残念そうな顔をするが、Kはすっきりした顔でS(私の名前)が書いていれば十分だ、自分は別にやることがあると言った。K のやることとは何だろう、そう思いながらも私は詳しく聞くことができなかった。

 話はつきることなく続き、夜更けまで話し込んだ。五年の歳月も二人を分かつことはなかったのだ。

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 翌日、私は知らない人に起こされた。そこは、家の中ではなく三方をコンクリートブロックに囲まれた、小さな広場の中だった。なぜ私はここにいるのだろう。Kのアパートの一室にいたはずなのに。そこは砂地に所々草が生え、酌み交わした泡盛の瓶と二つの茶碗が倒れていた。私の旅行カバンが放置され、五冊の雑誌が散らばっていた。雑誌にはところどころ赤ペンで文字が書き込まれていた。

 私を起こしてくれた人は六十台のどこかKの面影を残した白髪頭の老齢の穏やかな人だった。

 その人はやはりKの父親だった。その場所はKの先祖代々のお墓で、Kもこの墓の中にいる。Kは二年前に亡くなって、昨日三回忌をすましたばかりだと言う。

 南の島の墓の敷地はかなり大きく、小さな家ぐらいもありそうだった。周りは赤い花を植えるのが習慣だという。その花は地元では「アカバナー」と呼びハイビスカスの一種で、和名は仏桑華であり、方言では「グソウバナ」とも呼び、あの世の花でもあるとKの父親は説明してくれた。

 二年前に死んだと聞いて、思い当たる節のあった私はぞっとする寒気が背中を走った。すると昨日私を歓待してくれたKは幽霊だったのだ、と私の目からは涙がとどめなく流れていった。

 Kの父親の話によると、Kは東京から帰って来てからは南の島の開発問題に関わってほとんど家に寄りつかなかったという。その運動がなかなか進展せず、あせってさらに運動にのめりこんでいったとのことだった。そのうち、現場の争いで事故がおこり、その事故ががもとで病気になって二年前に死んでしまった。私は、Kからそういう話を聞いたことはなかった。南の島の住民の反対を押し切って巨大企業が巨大建造物を建設するという話は新聞などでは知っていたが、その運動にKが関わっていたという話は初めて聞くことだった。

 私はKの父親に連れられて近くのKの実家に寄った。仏前に手を合わせ私は写真に写るKの日焼けした精悍な顔に驚き、涙が流れるままにうなだれるしかなかった。

 東京に帰った私は、六か月後一冊の本を上梓した。私は出版社にペンネームを使いたい、ふさわしい名前がある、Kの名前をペンネームにと提案した。Kの名前は文筆家の名前らしい風格を備えていて、出版社も納得してくれた。

 これで、私のKに対する罪悪感が少しは解消したとは思わなかったが、K市での私の体験は、必要以上にKにたする気持ちを繊細にした。

 その後、私はKのアイディアになる短文を何篇か書き、また一冊の本にした。

 それ以来、私は短文から長文に挑戦するようになった。私が完全にKのアイディアから自由になって文書を書くことができるようになったのは、その後数年を要した。ペンネームは又もとの本名に戻した。

 しかし、Kの名で出版した二冊の本は今でも著名はKの名前である。

 数年後、私は二冊の本を持って、再び南の島のK市を訪れ、Kの眠る墓前に二冊の本を捧げた。

 墓の周りにはあの真っ赤な花が輪を作るかのように咲き誇っていた。太陽は南の夏にふさわしく熱くじりじり私を照らし続けていた。

 南の島の巨大建造物は相変わらず建設中である。その完成に百年はかかるだろう、と地元の新聞では報じられていた

 Kは今もその建設を阻止しよう、と空の上から大きな声を上げ続けているだろう。島の人々はそれに呼応するだろう。そして、巨大企業は百年を待つことができず建設を諦めるだろう。

 私は真っ青な大空を仰ぎ、赤い花に向かって言った。

 「Kよ百年後にまた会おう」

 

 

 

 

ワイワイガヤガヤ

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グレムリングッズ

  男はゲームセンターに足を運んだ。

 何年ぶりのゲームセンターだろう。

 昔のゲームセンターとは様子が違う。

 小さな子供づれの家族や子供たちが多い。

 なんだか健全な場所になっているようだ。

 男は一つのゲーム機に目を止めた。

 昔映画で見た宇宙怪獣のようなぬいぐるみがタクサン置かれている。それをどうするのだろう。

 上の方にクレーン機のようなものが吊り下げられている。

 もしかしたら、そのクレーンでぬいぐるみを釣り上げて空いている空間に落とせば、前の出口から出てくる仕組みなのか。

 ボタンを押してクレーンを動かし、クレーンの先っぽ(アーム)でぬいぐるみを挟んで穴に落とせばいいのだろう。

 男はそう理解した。

 男は隣の少年のゲーム機操作を観察した。

 なかなか取れない。取れそうで取れない。

 何度も失敗している。

 男はなんとなくクレーンゲーム機の動かし方を理解した。

 男は100円を入れた。

 ボタンを押した。おそるおそるクレーン機を動かす。

   まず、ボタンを押してクレーンを横に移動する。次のボタンで目当てのぬいぐるみの頭上にクレーンを移動する。

 すぐに取れそうなぬいぐるみのところで止めた。

 クレーンが自然に下りる。

 クレーンのアームがぬいぐるみを捕らえた。

 クレーンが自動に上がっていく。ぬいぐるみが少しあがった。

 あっつ、ぬいぐるみがあがったと思った瞬間、ぬいぐるみはスポッとクレーンのアームから落ちた。

 も少しだった、と男は思った。

 もう一度試みる。100円を入れる。

 今度はクレーンが全然違う所に止まり、ひっかかりもしない。

 100円を入れる。

 クレーンはぬいぐるみをかすりもしない。

 男は少しイライラしてきた。

 子どもだましの機械にこんなに熱くなるなんて、男は冷静さを取り戻そうと深呼吸した。

 さらに、100円を入れる。

 クレーンが動く。なかなかいい場所に止めることができた。

 男は少し間を置いて、次の動作に移った。

 クレーンが下がり、アームがぬいぐるみを挟んだ。

 クレーンが上がる。男はクレーンを少しずづ穴に近づける。男の手は震えそうなほど力が入った。

 ポトンと穴にわずか少しの所でぬいぐるみが落ちた。

「残念!」と隣の少年が大きな声で叫んだ。

「あっっつ、チクショウ!」男もつられて大声を出した。

 男はなんだか急に恥ずかしくなって、恥ずかしさをゴマ化すため大げさにゲーム機を叩いた。

 軽くゲーム機を叩いたつもりだったが、ゲーム機が大きな音を立てたので、男と少年は顔を見合わせ、お互いびっくりした表情を見せた。

 男はさらに熱くなってしまった。少年の手前上なんとしてもぬいぐるみを取るぞと再度挑戦した。

 100円を入れる。

 今度は思う所に止まり、クレーンのアームも調子よさそうにぬいぐるみをつかむ。持ち上げ、穴の方へと移動する。ポトンと穴に落ち、前の出口からぬいぐるみが出てきた。

「やった!」快感!

 男は嬉しくなって、そのぬいぐるみを少年にあげた。

 少年は喜び「ありがとう」と礼を言い帰っていった。

 男はさらに気分が良くなってきた。

 これは、なかなか愉快だ。もう一度やってみよう。

 いまのコツでやればうまくいくのだろう。男はこのゲーム機の仕掛けをよく知らない。

 男は気持ちよく100円を入れる。

 アームがぬいぐるみをかすった。

 100円を入れる。

 クレーンが全然違う所で止まった。

 100円を入れる。

 アームがぬいぐるみを持ち上げたと思った瞬間すぐに落とす。

 100円を入れる。男は必至である。

 ・・・

 全然取れない。男はなんだか自分が情けなくなっている。

 思わずゲーム機を足蹴りした。

 ゲーム機がうっつと唸った。なんだかゲーム機が喋ったようで、男はビクッとした。

 男は気を取りなおし、これが最後の挑戦だと、100円を入れる。

 クレーンがぬいぐるみの上でピタッと止まった。クレーンが下りてアームがぬいぐるみを挟み、そのままスムーズに穴に落ちた。

「よっしゃ!」男は小さな声で歓声をあげる。

 男はぬいぐるみを肩掛けカバンに入れ、再度挑戦する。

 今度は、軽くぬいぐるみが取れた。

 次もぬいぐるみは楽々アームにおさままる。3個目だ。

 なんだか怖いくらいだ、カツオの一本釣りみたいにどんどん釣り上げていく。

 自分にはクーンゲームの隠れた才能があったのだと、男はうれしくなってきた。

 でも、そろそろやめよう。ぬいぐるみを持って帰るのも大変だ。

 今度こそ最後にしよう。男はそう決めた。

 男は最後の100円を入れてぬいぐるみをゲットした。

 さあ、これで終わりだ。

 男は帰り支度をした。

 クレーン機が勝手に動き出した。アームがぬいぐるみをつかんで穴に落とした。

 おかしいな、間違ってお金をいれたのかな。男はそう思った。

 またしても、クレーンが動いてぬいぐるみを穴に落とす。

 男は焦った。これ以上、ぬいぐるみは持てないし、なんか機械を壊したのではと心配になって、店員さんを呼ぼうとするが周りには誰もいない。

 クレーンは勝手に動き、ぬいぐるみを落としていく。

 男は恐怖にかられ、ゲーム機から離れることができない。

 数えきれないほどのぬいぐるみが足元を埋めていく。

 男の膝が埋まり、胸が埋まり、首までぬいぐるみで埋まってしまった。ぬいぐるみはワイワイガヤガヤ、なにやら変な奇声を発して飛び跳ねている。

 男は両手をあげて叫んだ。「たすけてくれー!」

 すると、頭上から強大なクレーン機がアームをおろし、男をつかんで持ち上げた。男は巨大ゲーム機の中に閉じ込められていた。男は足をバタバタさせアームから逃げよとするが、眼下の大きな穴に投げこまれた。

 男は「あっつ!」と叫ぶ。男の体は巨大な滑り台をすべり外に飛び出していった。

 外に出たと思った瞬間、男はハット目が覚めた。

 男はクレーンゲーム機の前で立ち寝していたのだった。

 前日の徹夜の仕事のせいだろう。男は眠たい目をこすった。

 あたりを見回したが、そこはいつものゲームセンターの風景で、男の手には汗まみれな100円玉が1枚握られていた。

 財布の中にあった五千円札はいつのまにかなくなっていた。

 男が獲得したはずのぬいぐるみは、どこにもなかった。

 男は不思議に思って、ゲーム機の中を覗いた。

 すると、小さな人間が両手をあげ大きく口を開けているのを一瞬見たような気がした。

 よく見ると、それは男によく似たぬいぐるみ人形だった。

 男はぞっとして凍りつき、腰は砕けゲーム機の前でブルブル震えていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

影の影響

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影を写す

  男は影を写した。

 影を写して、その形を保存すると光の部分、つまり本物の肉体が滅びないと古書にあった。

 自分の影を写し続けると、その影が形を保ったまま肉体の老化を防ぐと言うのだ。

 まるで「ドリアン・グレイの肖像」のようだ。

 ドリアンの場合は、実際の肉体は老化しないが、絵の中の肖像画が年月にふさわしく老化していく小説である。

 影の中の陰画は暗黒であるので老化することはない(いや、老化が影に吸収されて見えない)。

 しかし、その代償として何かを要求されるのではないか。

 ドリアンは若さを得てその傲慢さで悪に染まったが、老化した肖像画をナイフで切り裂いた後、自分に刃が跳ね返って自死することになる。

 さて、影の場合の代償は。

 男は影を取り続けるべきか、あるべき老化を引き受けるべきか。

 物語としては男に影を取り続けて欲しいだろう。

 その結末を見てみたい。

 まあ、だいたい悲劇で終わる予感がある。

 しかし、実際にその選択を迫られたらどうするだろう。

 影を写し続けると若さを保ち続けるのは確実に保障される。

 その代償として何を要求されるか分からないのに、人は影を写し続けるだろうか。

 

 男は太陽の下を歩いた。

 男の後ろにはいつも影が寄り添っていた。

 男が動くたび影も位置を変えながら動いている。

 時には、前の方に、時には男の体形にすっぽり影がおさまることもあった。

 男が建物の中に入ると影は消え建物に吸収された。

 太陽のない夜、くもり空、雨の日は影は出てこない。

 夜でも街灯のある場所は影が動き出し、月の夜では影は喜んで男の足取りを追って行く。

 たまに、ほかの人の影と混ざり影の形が変わる。

 影のために外出し、影のために光を浴びた。

 晴れた昼間はなるべく外出し、月の出る夜は散歩し、夜の街灯のある街を歩き回った。

 それは影のためではなく、自分の若さを保つためにであったはずだ。

 つまり、自分の若さは影の出現頻度にかかわっているのだ。

 自分があるから影があるのではなく、自分の若さを保つために自分の自由を放棄して影に仕えているのだろうか。

 男は少しづつ影に支配されていった。いや、若さにあこがれ続けた男は影に支配されざる負えなかったのだ。

 自分の生き方を放棄し、若さという形に支配さた影に動かされていたのだ。

 ある夏の暑い日、男は太陽の熱さに負け倒れた。

 一週間ほど日に当たらず眠り続けた。

 男は久しぶりに外に出てみた。

 すると、どうだろう。少し、影が薄くなっている気がした。

 男は影の重みを感じることなく、自由に歩いている自分を発見した。

 それから男は影を写すのを辞めた。

 男は若さを意識することなく自分のために歩き出したのだった。

 

 

 

 

 

 

架空座談

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三頭会談

  A  おう、ひさしぶり。

 B そうだね。何年ぶりかな?

 C もう、3年はなるよ。

 A もう、そんなになるのか。

 C だいたい、そうだね。

 B でも、ひさしぶりに会ってもお互いあまり変わらないね。

 A いつもここで会って、この椅子にすわって喋っていたな。

 B まあ、ここが一番安心するからね。

 C というより、俺たちあまり金がないから、いつも手持ちの飲み物食い物を持って、この席を指定席にしているんだからね。

 A まあ、そういわず、指定席なのだから、特別だと思って座ればかなりいけるんじゃない。

 B つつと言うか。誰も座らない指定席は特別仕立てだよ。

 C まあ、価値あるものと思えば何でも特別だから、指定したほうが得だよ。

 A 言えてる。

 B 俺たちも、なかなか会えないのに、たまに会うのは相当に大物気分でいいんじゃない。

 C そうだよ。特別だよ。俺たち三人が集まるのは、三年ぶりで、アメリカとロシアと中国の首脳陣レベルの会談並みだと思う。

 A じゃ、話の内容も相当に高度な地球レベルの核戦争について話そうよ。

 C なんか、大きくでたね。

 A いつも、なんとなく考えていたからね。

 B そうだね。最近は北朝鮮の核保有問題が大きいからね。

 A 北朝鮮が、核をもったことによってアメリカと対等に話ができるようになったのは相当に現代的な国際問題だよ。

 B 対等に話し合いをしているのか、おもちゃの兵隊をつれて、おまけに核弾道ミサイルを飛ばすぞと、威嚇しながらの対話だから、なんだか似たもの同士の「ロケットマン」の仲良しごっこに見えるな。

 C そうは言っても、実際に(核)兵器を飛ばす実力は確実に進歩しているから危険ではあるよ。

 A 不思議だよ。

 C 北朝鮮という小さな国が大国アメリカと対等な対話(漫談)ができるという関係が現代的だと思うよ。

 A お互い世界のメディアを意識してのパフォーマンスだから、情報戦によって地球が小さくなったことの証左でもあるね。

 C 核爆弾という最終兵器を武器にして外交を展開することも居直り強盗的外交(瀬戸際外交とも言うそうだ)で現代的だよ。

 A でもアメリカだって日本に対しては核兵器をバックに砲艦外交をくりかえしていることは明白だから、似た者同士だよ。

 B でも今世界で保有されている核爆弾は、地球を何千回も破壊するほどの威力をもっているという事実は、人類は相当に変わった動物であることが証明されているね。

 C そう、核兵器の問題は人類の内面(細胞核)の問題だと思うよ。

 B ガン細胞は自己を根拠にしながらでも自己を無限に破壊し続けるという矛盾の中にある。人類が発明した核爆弾も地球という故郷を無限破壊するという夢を見ているのかもしれない。

 A 俺たち人類もそろろ最終段階に来ているのかもしれない。

 B そうだよ。人類のいないすっきりした風景が椅子三脚で決まりかもしれない。

 C 椅子三脚に人はなし、か?

 

 ボンと小さな音が遠くから聞こえる。

 頭上に雲のような地球の縁のようなもがおいかぶさる。

 ・・・

 ・・・

 ・・・

 ・・・・ 

  地球のない宇宙空間に巨大なスクリーンが映し出される。

 次のテロップが銀河のように流れる。

   20XX X月X日

 ここにはかつて地球という惑星があった。

 その痕跡をキネンしてここに記す。 

   (現在の核爆弾の総威力でも地球を破壊し尽くす事はできないようです。でも・・・)

             「参 照
              世界の核兵器保有数ランキング2018
              (順位/国名/核兵器保有数)
               1位 ロシア   6,850
               2位 アメリカ  6,450
               3位 フランス  300
               4位 中国    280
               5位 イギリス  215
               6位 パキスタン 140-150
               7位 インド   130-140
               8位 イスラエル 80
               9位 北朝鮮   10-20
               〔合計〕     14,465  」
               (「世界のランキング」より)