13階のエレベーター
ある週末の真夜中3時を過ぎた時刻の出来事である。
私は仕事での2泊3日の旅行を終え、自分の住んでいるマンションに帰って来た。飛行機が遅れ、こんな時間になってしまっていた。
マンションビルのフロアーに入り、暗証番号を押しエレベーターホールへの自動ドアを通り、エレベーターの前に立った。私は、エレベーターのボタンを押した。もうすでにエレベーターは、誰かが乗っている。階の数字が上がって行く。2、3、4、・・・
こんな遅い時間に誰、ああそうか、飲んだ帰りだな、私は自然にそのように考えた。
・・7階、エレベーターが止まった。誰か乗った、あるいは下りてまた乗った。エレベーターはそのまま上に昇っていった。
こんな夜中にまだ住民は起きているのかな、私はのんびりした気分でエレベーターが下りるのを待っていた。
また、エレベーターは止まった。今度は下りてくるだろう。長らく同じ階の数字が表示されている。それでも、乗った人が下りるのにはあまりにも時間がかかりすぎる。1分以上待っている。何かが起こったのだろうか。
すると、またエレベーターは動き出した。まだ上の階だ。そんなはずはない。この建物は13階建だ。さっき13の数字を示していた。それが、矢印は上を示したままだ。エレベーターは動いている。エレベーターは13階の上を目指して上昇している?
まさか、そんなことがあるはずはない。3階の読み間違い?
私は老眼鏡を取り出して表示の数字を確認した。やっぱり13の数字である。何かおかしい。こんな時はどうすればいいのか、私は自分に問いかけた。エレベーターのこちら側には何も操作するものはない。エレベーターを開閉する押しボタンだけである。
だが、エレベーターの表示上は13で止まったままになっているだけで、それが、下りてこないだけの状況かもしれない。一時的な故障で13階で止まっているだけかもしれない。動いているように聞こえるのは、音の空回りなのかもしれない。
もう少し、待ってみよう、私は心を落ち着けた。だが、すぐに私の心臓はドッキとした。頭の中に次のような情景が浮かんだ。
・・・
一人の小太りの中年男がほろ酔い加減で帰ってきた。月末の一仕事終えた後のはしご酒だった。最後の店のママさんはいい人だった。飲ませ上手で、帰りが3時近くになってしまった。男はタクシーで帰って来た。
男はエレベーターに乗り、いい塩梅の酔いかげんで、フラフラしている。エレベーターが止まった(7階)。男はいったん下りたが、階を押し間違えていた。男はさらにエレベーターに乗り込み、下りるべき13階を押し直して昇っていく、まだ意識はハッキリしている。
エレベーターは13階に止った。男はエレベーターを降りようとしたが急に胸を押さえた。持病の心臓が痛みだしたのだ。男はドッとその場に倒れた。男の体はエレベーターの内と外にまたがって倒れた。
エレベーターは自動的に閉まろうとするが、男の体に当たっては開き、また閉まろうとするが開く、それが繰り返される・・・
・・・
私の脳裏にそのような情景がよぎった瞬間、カチっと音がしエレベーターは下りてきた。
なんだ、心配させやがって、私はホッと一息ついた。私は頭を振りいやな映像を振り切った。
10、9、8と数字が下がって来る。7階、今度も7階で止まった。まだ、誰かこんな夜中にコソコソ階を行き来しているやつがいるのか。さらに長い時間待つ。
また、ドキッと胸騒ぎがした。
まさか、泥棒?こんな真夜中にマンションの階を行ったり来たりする住民がいるだろうか。いくら、知り合いだからといって、夜中にそう何度も行ったり来たりする住民なんでいないだろう。
私はエレベーターの前から一歩さがり、エレベーターが下りてくるのを身構えて待った。
7、6、5階とエレベーターは下りてくる。すると、また5階で止まった。
これは、やはり怪しい、絶対に泥棒に違いない。こんな夜中の3時過ぎに階ごとに降りるなんて、新聞配達じゃあるまいし。
新聞配達人?まさか、そんなの聞いたことはないぞ。
私の頭には盗人結びの頭巾で顔を隠し、風呂敷を肩にかけた泥棒の姿が浮かんだ。鼠小僧次郎吉?それはあまりに典型的な昔見たテレビの映像だった。
私は、もう一歩下がってあたりを見渡した。何か、武器になるものはないものか。泥棒だとまずい。だが、なにも見当たらない。いざという時は、この旅行カバンを泥棒の足元に投げ、逃げるしかないと悲壮感を漂わせながら待った。
エレベーターが5階で止まること1分間が過ぎた。
私の心臓の鼓動は早まり、その音が全身を震わせる。全身のふるえを抑えようと腕を組むと、足がガクガク鳴り出した。唇も震え歯で舌を噛みそうになる。大声をあげたくなってきたが、私は両手で抑えて耐えた。
エレベーターが動き出した。4、3、2と表示ボタンは移動していく。そのたびに、心臓音が大きく同調し大爆音化する。心臓が爆発するかもしれない。私のほうが心臓麻痺で倒れそうだ。
2階で止まってくれ、それ以上は動くな。私は、表示ボタンを凝視し念じた。私は逃げ出したくなる足を抑え低く構えた。靴先は出口を向いている。
エレベーターの表示は2階で止まった。まさか、ありえない。私はサイキネシスト(念力者)だったのか?いつからX‐メンになった?
・・・と、つかの間の喜び。エレベーターはとうとう1階に下りてきた。そして、エレべーターのドアは開いた。
ガッチャン、ガタガタ、ガシガシ、ガーンと大きく音を立ててエレベーターのドアが開いた。
・・・アッーと、私は息を飲み声を押し込む。
そこには、小太りの中年男が猫を抱えて困った顔をしていた。
私は驚いた、驚いたのと同時にホッとした。見知った顔であったから。男は、やはり13階に住んでいるK氏であった。でも、なぜか猫をかかえている。なぜにK氏は自分のマンションの部屋にいない?
私の頭の中には疑問が百出する。心臓のドキドキが頭のズキズキに変わっていった。
K氏はべそをかいたような顔をして、私に挨拶して、猫を抱えてまま私の横を通りすぎて、自動ドアを通ってフロアーから外へ出て行った。
呆気にとられた私は、K氏と言葉を交わすこともまなく、開いたエレベーターに乗った。私は自分の階を確かめて力強くボタンを押した。私の心臓は少しずづ穏やかな鼓動に戻っていった。
・・・
礼儀として、私は後日談をここに記す。
私は数日後、K氏から次のような話を聞いた。
その日、K氏はやはり私の予想どおり、酔っての帰りであったそうである。そこまでは私の予想通りであり、その後のK氏の奇想天外な行動は今では笑い話でしかない。
K氏はエレベーターに乗ったが、少し酔っていたので、間違った階のボタンを押した。でもチャンと自分の階も押していたので13階までたどり着いた。13階でうまく下りたと思ったら、なぜか、ノラ猫が入って来た。なぜにここに猫がいると思ったが、猫がエレベーターに閉じ込められたら大変と、エレベーターを止めて捕まえようと悪戦苦闘した。ネコは怯えてエレベーターの隅の方に逃げる。
だが幸いだった、K氏はノラ猫を捕まえることができた。
心やさしいK氏は、ノラ猫は間違って入ってきたのだろう、とノラ猫をマンションの外に逃がそうとした。暴れる猫と格闘しているうちに間違って7階と5階と2階のボタンを肘で当ててしまったのだそうである。
それぞれの階でドタバタ劇を繰り返し1階にようやくたどり着いたら、私に出会って、恥ずかしくなって挨拶もせずにそのまま外に出たとのことであった。
今になっては笑える話である。それはもう一つの逸話を生む。
それは、私のX‐メン能力が証明されたこという。「酔っぱらった男」と「泥棒(猫)」(むりやり)を透視したテレパシー(透視力)は新人類・ミュータント(X‐メン)に相応しいのではないだろうか。
13階の奇跡(酔っ払い男とノラ猫の出会い)を透視した私はX‐メンだったのである。