ショットなストーリー

一枚の写真から浮かぶショートストーリー

割れた茶碗

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割れた有田焼

  茶碗が割れた。食器を洗っているとき、石鹸にまみれた茶碗をすべらせて落とし割った。一瞬のことだった。軽く落ちたと思ったのにパリンときれいにちいさな2片を作り割れた。

 その茶碗は数年前、ある有田焼専門店で買った。手に取ってみてあまりの軽さに驚き、何度も他の食器と持ち比べてみて一番軽く感じられたので、とても気に入って買ったものだ。

 使うとき洗うとき、いつも他の物よりも軽いなと感じながら手に馴染んでいた。

 それがパリンときれいに割れた。粉々にはなっていない。割れ目を繋ぐときれいに合う。そのまま接着したらもとの形に戻りそうなくらいである。

 茶碗・皿が割れるのは何かの意味があるという。

 

 男は声を飲み込んでしまった。

 茶碗が割れた瞬間アット言ったきり言葉が喉の奥にくぐもって一時的に喋れなくなった。その後、少しの言葉をつかえるようになったが長話ができない。

 男はどちらかというと、やたらとお喋りの方であった。人の話に割り込んできて、その他人の話をまるで最初から自分が話し出したかのように喋り続ける特技があった。

 つまり、よく言う「話泥棒」人間だったのである。

 だれかが、昨日見たテレビの話をすると、すぐに、自分も見たと話しだし、そのテレビの話を延々に話続けるのだ。それは、それで話し出したほうもそのテレビに興味があったので話したのだから、男が違う感想を持つのを拒否したりはしない。その会話がはずめば楽しいだろう。

 それが、話し手が、自分の行った旅の話をすると、男は自分は行ったことがないのに、テレビで見た旅情報をあたかも自分が行ってきたかのように旅話を奪ってしまうのは噴飯ものである。

 男はその自分の特性を意識していない。相手に新しい情報を与えている、有益なことを言っていると思って親切心で喋っているつもりである。

 旅の話をした側に言わせれば、旅の楽しかった一次的体験を実感をこめて話したのである。自分の経験を豊かな思い出話として旅話をしたのである。それを、男の二次情報で塗り替えられると腹も立つものだ。さらに、テレビの情報はかなり高級なホテルに泊まったとか、美味しい料理を食べたとか、普段は行けないところも行ったなど情報満載で、旅人自身のつつましやかな旅行体験が色あせてしまい、話す気力もなくなってしまう。

 そうなると本格的な「話泥棒」で犯罪的である。

 しかしながら、男にはそこのところの機微がわからないのだ。人の話を最後まで聞くことができない。男の頭の思考回路は相手の言葉尻を捕らえて自分の物語に置き換える天才的頭脳が備わっているのである。

 すべての話題は自分に関りがあり、片時も自分を離れては成立しない。外国の偉い人の話でも、あたかも自分の知り合いの誰彼の話であるように自分に結びつける幸福な人間である。

 世界の中心に生きている「最大幸福」の人間である。

 ベンサムの「最大多数の最大幸福」を一人独占してるのである。

 なるべくなら、そのような人間には「君子危うきに近寄らず」と敬して遠ざけるべきである。

 そのような男が言葉を失った。しかし、少しの言葉は使えるが、長話ができなくなったのである。

 お喋り好きが長話ができないのは酷刑(滑稽)であり、可哀そうでもある。同情もするが嫌みの一言でも言いたくなるものだ。

「沈黙は黄金なり」で泥棒する必要がなくなったね、と。

 自分の特技(「話泥棒」)が発揮できないし、さらには、苦手な聞く耳(沈黙=黄金)を育てなければならないから。

 男は人間嫌いではなかったので、長話ができなくても人付き合いを続けた。最初は、人の話を聞くのも苦手だったが、少しづつ聞く耳を育てた。相手の話に相槌をうつのがうまくなった。少しの言葉で的確に反応することができるようになった。話を聞くのだから、相手の顔を見なければならず、その表情を観察することができるようになっったのだ。

 男の聞く耳はウサギ並みの聴力となり、目はタカ並みの観察力になった。

 聞く耳を訓練することによって、他人が自分とずいぶん違うのだと理解できた。他人の話がこんなに面白いものだと初めて知ったのである。

 タカの目で自分の回りを見ると、男はとんでもないものを見つけた。遠くに天使が飛んでいるのを見つけたのだ。

 男は、天使に話しかけた。

「言葉がうまく使えますように」とお願いした。

 すると、どうだろう。その翌日から男の唇にはたくさんの言葉が溢れるようになった。

 しかし、男には聞く耳という「ウサギ耳」と観察力という「タカの目」をもっていたので、「話泥棒」になる必要はなかった。

 男は「小話」好きな落語家になった。

 男の「タカの攻撃を忍者のように避けるウサギジャンプ」という創作落語が評判を呼んだ。

 その後、男は割れた茶碗を金継ぎし、家宝として台所に飾った。