ショットなストーリー

一枚の写真から浮かぶショートストーリー

比蛇川の謎

 

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比謝川大橋下の比謝川

 K市の中心を流れK動物園の中にある溜め池に起源をもち、K町に下り、東シナ海に流れる、長さ3キロメートルの比謝川は、梅雨時の雨に充分に水分と養分を与えられ、生い茂る雑草・雑木は密林のように川の岸辺を覆っている。

 川は、灰色の粘土が川底にたまって淀んでいる。

 どんな魚が生息しているのやら。テレピアは確実に潜んでいるだろう。カメも川の中央の岩に天気のいい日に日向ぼっこしているのを見かける。

 深さはそれ程ないが、泥で濁っている分底なし沼のようにも見える。
 個人で飼育していたニシキヘビが、比謝川の岸辺の密林に逃げたという噂がたって、数年がたつが、蛇の行方は杳として知れない。
 その頃から比謝川は「比蛇川」として揶揄され、誰も近づかない秘境となっていた。
 一人の男が何を考えたのかH橋から釣り糸を垂れて魚釣りと洒落こんだ。

 遠くからぼんやりと釣り人を見ていた別の男がいた。

 釣り人が釣り糸を垂らした瞬間、大きな大蛇が口を広げ川底から飛びあがって釣り糸を垂らしていた男を丸呑みして、すばやく川底にもぐりこんだという。

 ポチャンと音がして、川は大きな渦を巻いていた。欄干には男の被っていた帽子と、釣り竿以外の釣り道具が残っていたそうだ。

 それを聞いた人々は、話がホラすぎて誰も信じなかった。
 近くの、TというK市役所・観光課に勤めている中年の男がその日の昼から戻らないとの家族からの届け出があったので、遠くから見ていたSという男のホラ話を警察は捜索情報の一つとして取り上げた。
 比謝川の川底さらいの大捜索だとK署の署長の命令が下り、力のある男たちが一斉に駆り出された。

 以前から、大蛇の噂話を知っている地元の人々はへっぴり腰で川に足をつけるだけで、本格的に川の中に入ろうとはしない。

 淀んだ水の底に不気味に光るものが、大蛇の目に見えて誰も本気で泥を浚いだそうとはしなかった。

 警察にしても、相手が人間であれば市民の手前、日ごろの勇敢な警察官の態度で頑張れるが、なにせ獰猛な大蛇が相手だと「これは、動物園の仕事だ、博物館の役割だ」と恐れも加わって捜索に力が入らぬ。

「そのうち見つかるさ」と気長にやる気なのかやる気がないのか、捜索は一日かかったが何の成果も上がらず打ち切りとなった。
「人間を飲み込むほどの大蛇が、比謝川にいるはずがない」

 R大学の動物行動学者、町田五太郎の発言に警察も重きをおいて、証言者の勘ちがいだ、と単なる男の家出であると判断した。

 警察は事件にせず比謝川捜索を終えた。
 

 三年が過ぎた。
 相変わらず、ジャングル状態の比謝川周辺は、そこに川があるのかも判別出来ないほどになっていた。H橋があるから、かろうじて川があるのだろうと推測される程の密林地帯となっていた。
 ある雨風の強い、台風を予感させる天候の悪い日であった。強風が、密林の中まで吹きすさび、一瞬、竜巻状の突風が密林の上空に舞い上がった。

 その時、大きなカーテンのような、垂れ幕のような大きな布が空に翻った。翻ったかと思ったが、風の勢いが緩んだとたん布はH橋の中央にふわりと舞い降りた。
 それは、古びた大蛇型の鯉のぼりだった。鯉のぼりのような形をして、大蛇の顔と長い胴体と尻尾が描かれていた。人間が一人入る程の大きさの筒状の大蛇のぼりだった。
 大蛇の頭が描かれた口の部分に釣り糸がからまっていた。もちろん、人は入っていない。橋の上でパタパタと大蛇がうねるように翻っている。
 翌日、強風もおさまって、T橋を通りかかったのが、例の「釣り人丸飲み事件」の発見者Sだった。Sは、すぐにピンと来て大蛇のぼりを警察に届ける事をせず、自分の家に持ち帰って家の裏の倉庫に隠した。
 SはTの家に向かった。

 Tの家はあれから、大蛇にのまれた男の家として観光名所となり、大蛇にのまれる瞬間の男の銅像が記念碑として立てられるほど、市内一番の名所・旧跡ともなっていた。

 周りには、「大蛇餅」、「大蛇饅頭」、「大蛇ラーメン」等、銅像に似せた「大蛇キーホルダー」を売っている店が立ち並び、多くの観光客で賑わっていた。

 Tの家は「T商店」として、一番繁盛しているお土産品店に様変わりしていた。ニコニコ顔のTの妻が女将として店を取り仕切っている。
 Sは、店に入って行った。

 ポケットから、小さな「大蛇のぼり」を出して店に並んでいるキーホルダーの横に置いた。それを見た女将は、にわかに引きつった顔をしてSにくってかかった。

「お客さん、勝手に物を置かないで下さい」
「勝手物じゃないよ。新しい、お土産品だよ。」Sはポケットから似たような「大蛇のぼり」を取り出して店頭に並べた。

 女将は、Sが置いた御守りみたいな布袋を凝視し、一瞬にして理解した。女将のひきつり顔は苦笑いに変わった。商売人らしく手揉みしてSを迎えた。
 小さな「大蛇のぼり」は新たな、お土産品として500円の値札が付けられた。
 

 数年後…。
 店の横には大きな大蛇のぼりが青空にうねるように旗めいている。橋の下の川はK市の新たな名所・観光地として「比蛇川秘境地帯」との名を得ている。
 読者はここに来て、はたっと行方不明のTの事が気になって落ち着かないだろう。筆者も落ち着かない。どうしたものだろう。Tの消失ぶりは堂(ドウ)に入ったものだと思っている。シャレメッキではない。本銅(ホンドウ)である。
 付け加えてさらに二年が過ぎた。Tは死亡者として女将より役所に届けが出された。翌日、店の名前は「S商店」と看板が取り換えられた。

 新婚ほやほやの二人は、毎日幸せそうに、男の銅像(ドウゾウ)を磨いていた。