ワイワイガヤガヤ
男はゲームセンターに足を運んだ。
何年ぶりのゲームセンターだろう。
昔のゲームセンターとは様子が違う。
小さな子供づれの家族や子供たちが多い。
なんだか健全な場所になっているようだ。
男は一つのゲーム機に目を止めた。
昔映画で見た宇宙怪獣のようなぬいぐるみがタクサン置かれている。それをどうするのだろう。
上の方にクレーン機のようなものが吊り下げられている。
もしかしたら、そのクレーンでぬいぐるみを釣り上げて空いている空間に落とせば、前の出口から出てくる仕組みなのか。
ボタンを押してクレーンを動かし、クレーンの先っぽ(アーム)でぬいぐるみを挟んで穴に落とせばいいのだろう。
男はそう理解した。
男は隣の少年のゲーム機操作を観察した。
なかなか取れない。取れそうで取れない。
何度も失敗している。
男はなんとなくクレーンゲーム機の動かし方を理解した。
男は100円を入れた。
ボタンを押した。おそるおそるクレーン機を動かす。
まず、ボタンを押してクレーンを横に移動する。次のボタンで目当てのぬいぐるみの頭上にクレーンを移動する。
すぐに取れそうなぬいぐるみのところで止めた。
クレーンが自然に下りる。
クレーンのアームがぬいぐるみを捕らえた。
クレーンが自動に上がっていく。ぬいぐるみが少しあがった。
あっつ、ぬいぐるみがあがったと思った瞬間、ぬいぐるみはスポッとクレーンのアームから落ちた。
も少しだった、と男は思った。
もう一度試みる。100円を入れる。
今度はクレーンが全然違う所に止まり、ひっかかりもしない。
100円を入れる。
クレーンはぬいぐるみをかすりもしない。
男は少しイライラしてきた。
子どもだましの機械にこんなに熱くなるなんて、男は冷静さを取り戻そうと深呼吸した。
さらに、100円を入れる。
クレーンが動く。なかなかいい場所に止めることができた。
男は少し間を置いて、次の動作に移った。
クレーンが下がり、アームがぬいぐるみを挟んだ。
クレーンが上がる。男はクレーンを少しずづ穴に近づける。男の手は震えそうなほど力が入った。
ポトンと穴にわずか少しの所でぬいぐるみが落ちた。
「残念!」と隣の少年が大きな声で叫んだ。
「あっっつ、チクショウ!」男もつられて大声を出した。
男はなんだか急に恥ずかしくなって、恥ずかしさをゴマ化すため大げさにゲーム機を叩いた。
軽くゲーム機を叩いたつもりだったが、ゲーム機が大きな音を立てたので、男と少年は顔を見合わせ、お互いびっくりした表情を見せた。
男はさらに熱くなってしまった。少年の手前上なんとしてもぬいぐるみを取るぞと再度挑戦した。
100円を入れる。
今度は思う所に止まり、クレーンのアームも調子よさそうにぬいぐるみをつかむ。持ち上げ、穴の方へと移動する。ポトンと穴に落ち、前の出口からぬいぐるみが出てきた。
「やった!」快感!
男は嬉しくなって、そのぬいぐるみを少年にあげた。
少年は喜び「ありがとう」と礼を言い帰っていった。
男はさらに気分が良くなってきた。
これは、なかなか愉快だ。もう一度やってみよう。
いまのコツでやればうまくいくのだろう。男はこのゲーム機の仕掛けをよく知らない。
男は気持ちよく100円を入れる。
アームがぬいぐるみをかすった。
100円を入れる。
クレーンが全然違う所で止まった。
100円を入れる。
アームがぬいぐるみを持ち上げたと思った瞬間すぐに落とす。
100円を入れる。男は必至である。
・・・
全然取れない。男はなんだか自分が情けなくなっている。
思わずゲーム機を足蹴りした。
ゲーム機がうっつと唸った。なんだかゲーム機が喋ったようで、男はビクッとした。
男は気を取りなおし、これが最後の挑戦だと、100円を入れる。
クレーンがぬいぐるみの上でピタッと止まった。クレーンが下りてアームがぬいぐるみを挟み、そのままスムーズに穴に落ちた。
「よっしゃ!」男は小さな声で歓声をあげる。
男はぬいぐるみを肩掛けカバンに入れ、再度挑戦する。
今度は、軽くぬいぐるみが取れた。
次もぬいぐるみは楽々アームにおさままる。3個目だ。
なんだか怖いくらいだ、カツオの一本釣りみたいにどんどん釣り上げていく。
自分にはクーンゲームの隠れた才能があったのだと、男はうれしくなってきた。
でも、そろそろやめよう。ぬいぐるみを持って帰るのも大変だ。
今度こそ最後にしよう。男はそう決めた。
男は最後の100円を入れてぬいぐるみをゲットした。
さあ、これで終わりだ。
男は帰り支度をした。
クレーン機が勝手に動き出した。アームがぬいぐるみをつかんで穴に落とした。
おかしいな、間違ってお金をいれたのかな。男はそう思った。
またしても、クレーンが動いてぬいぐるみを穴に落とす。
男は焦った。これ以上、ぬいぐるみは持てないし、なんか機械を壊したのではと心配になって、店員さんを呼ぼうとするが周りには誰もいない。
クレーンは勝手に動き、ぬいぐるみを落としていく。
男は恐怖にかられ、ゲーム機から離れることができない。
数えきれないほどのぬいぐるみが足元を埋めていく。
男の膝が埋まり、胸が埋まり、首までぬいぐるみで埋まってしまった。ぬいぐるみはワイワイガヤガヤ、なにやら変な奇声を発して飛び跳ねている。
男は両手をあげて叫んだ。「たすけてくれー!」
すると、頭上から強大なクレーン機がアームをおろし、男をつかんで持ち上げた。男は巨大ゲーム機の中に閉じ込められていた。男は足をバタバタさせアームから逃げよとするが、眼下の大きな穴に投げこまれた。
男は「あっつ!」と叫ぶ。男の体は巨大な滑り台をすべり外に飛び出していった。
外に出たと思った瞬間、男はハット目が覚めた。
男はクレーンゲーム機の前で立ち寝していたのだった。
前日の徹夜の仕事のせいだろう。男は眠たい目をこすった。
あたりを見回したが、そこはいつものゲームセンターの風景で、男の手には汗まみれな100円玉が1枚握られていた。
財布の中にあった五千円札はいつのまにかなくなっていた。
男が獲得したはずのぬいぐるみは、どこにもなかった。
男は不思議に思って、ゲーム機の中を覗いた。
すると、小さな人間が両手をあげ大きく口を開けているのを一瞬見たような気がした。
よく見ると、それは男によく似たぬいぐるみ人形だった。
男はぞっとして凍りつき、腰は砕けゲーム機の前でブルブル震えていた。