大人も出ずに居られない街(ディズニーランド)
清三の耳が聞こえなくなったのには訳がある。
清三が、三歳の時である。
母親が添い寝をしていながら居眠りをした。そのあまりにも大きないびきに清三は耳をふさぐしかなかった。耳をふさいでも母親の大きないびきは清三の脳の中にまで響く程であった。
清三は神様に祈った。
「神様、僕の耳を音が聞こえないようにしてください。
ママの大きないびきが聞こえないようしてください。」
清三は、いつも母親から神様の話を聞いていたので、神様の大きな力を信じてお祈りした。
するとどうだろう。大きないびきは小さな呼吸音に変わり、清三の耳にも子守歌として静かに聞こえ安らかに眠ることが出来た。
次の日から清三の耳は聞こえなくなった。
母親は驚き、原因を知らずうろたえた。
街じゅうの耳鼻科に清三を連れていって調べてもらったが聴覚的な原因はないとのことであり、何か精神的なものが原因ではないかと医者は診断した。
母親はそれではと街じゅうの精神科医を訪ねた。
医者は答えていう。
「器官的な原因でもなく精神的なものでもない。なにか、不思議なことが原因ではないかと思われます」と訳のわからないことを繰り返すだけである。
母親は、悩んだ。こんな街では自分の息子は救えない。
母親は清三の父親、つまりは夫と別居し世界的に有名な霊能力者がいるKシティに移り住んだ。そこは、世界中から悩める人々が救いを求めて集まって来る場所であり、K教祖を一目でも見よう、霊力を浴びようとの人々で大きなシティを形成していた。
Kシティは鉄骨地帯にあり、K教祖が数名の信者をつれて小さな屑鉄街にコミュニティを作ったのが三年前である。
K教祖の偉大な力は世界中に知れ渡った。
K教祖が頭に手をかざしただけでて十年も臥していた老婆が立ちあがり、生まれながら目の見えない少女の目が見えるようになった。
三年前に死んだ、愛する夫が蘇えった。
死産した胎児が母親の横に幼子として蘇っていた。
歩けない人が歩けるようになった。耳が聞こえた。目が見えるようになった。死者が蘇った。十五年も痛風に悩む男はビールが飲めるようになった、等など。
Kシティからは多くの奇跡が報告されていた。
世界中から巡礼者、悩める者、障害を持つ者が移住して来る。
さらに、多額の寄付金が送られていた。
清三の母親はKシティに移り住んだが、K教祖に会う事は出来なかった。何万人もの人々の面会を受ける教祖に会うには数年待たねばならないのだ。
母親は三年待った。「御面会」のお札は回って来なかった。あと、三年待ちだとの「お通知」が来た。
母親はあきらめて、清三の好きであったデイズニーランドの近くに家を借りた。
母親は毎日清三と一緒にデイズニーランドに行った。
ミッキーが好きな清三はいつも楽しそうにしていたが、耳が聞こえる事はなかった。
夜になると、母親は相も変わらず清三を傍において寝ているのであった。
ミッキーもティッピーも好きだったが、清三の耳にははしゃぎ声もお客さんの楽しい声も聞こえなかった。清三は楽しかったが、清三の耳が治ることはなかったので母親は日々苦悩した。
そのうち、デイズニーランドに通い続けるのを辞めた。
母親はまたしても引っ越しを考えた。その頃はもう夫もあきれ返って離婚の手続きをしていた。
清三は母親との二人家族になっていた。
次に移り住んだのは母親が大好きな大都会であった。夜は、いつもネオンが輝き人々が溢れかえっていて大人も出ずに居られない街(でずにイラレナイらんど)である。
母親は楽しみたかった。
この、十年間いつも清三のそばで涙ぐましい母親を演じてきた。少し疲れていたのである。夜に、そっと抜け出して清三の眠っている間に一人で楽しみたかったのである。
夜になるとそっと出ていく母親に清三は気づいていた。しかし、清三は母親が傍にいない方が安心して眠れるのだと思った。
信心深い清三は神様に祈った。
「神様、もう僕は一人でも眠れるので耳が聞こえても大丈夫です。耳が聞こえるようにしてください。」
清三は十五歳になっていた。
翌日から母親は帰って来なかった。
母親の大好きな大都会は、喧騒と怒涛につつまれ夜中も騒音で溢れていた。
清三は大きな音が聞こえても一人で静かに眠ることが出来た。
清三は夢を見た。
ママが踊りながら大きな声で子守唄を歌っていた。それは、なつかしい、大きないびき音にも聞こえた。