ショットなストーリー

一枚の写真から浮かぶショートストーリー

ピノキオ鳥の綱休み

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ピノキオ鳥の綱休み

  

 一羽の鳥が海を渡って来た。何百万海里の海を越えて北の大陸から南の島に飛んできた。

 クチバシのとがった三角頭の細身で、まるでピノキオのように木で作られたような、変わった鳥だった。鳥は疲れたのだろう、桟橋に停泊中の船の係留ロープに止っていた。

 じっとこちらを伺っているように見える。密かに何かを考えているように見える。ピノキオのように人形だったのが、魔法を掛けれらて生きた鳥にされたのだろうか。それとも、人間だったのが、鳥に変身させられたのだろうか。いわくありげな風貌が人間味を感じさせる。僕は「考えるピノキオ鳥」だと思った。

 「やあ、気づいたね。君ももしかしたら、無理やり人間にさせられたピノキオ人間じゃないのかい。」ピノキオ鳥は僕の脳に、直接テレパシーのように語り掛けてきた。

「僕は、北の国に生まれた人間だったよ。人間の両親に生み育てられ、何年も同じ場所で同じ生活を繰り返していた。朝起きて、夜寝るまで歩き、座り、横になるの繰り返しだった。いつも地球の重力に引っ張られ、周りを気にし、何年も人間をしていた。

 ある日人間はつまらない地べたにへばり付いているだけだ、自由な鳥はいいなと思ったんだ。大空を自由に飛べるのは気持ちいいだろうと思った。

 すると、どうだろう。願った瞬間、人間としての僕は消え、いつのまにか鳥に変身していた。僕は、青空を自由に飛ぶ自分を見て、何回も何回も本当の宙返りをしたよ。

 でも僕は何度も何度も、海を越え、島を超え、山を越えて、移動して飛んでいく鳥の生活に疲れてしまったのだ。だからもう一度、今度は鳥の人形にしてもらおうと願っているんだ。一日中何もしなくていいからね」

 ピノキオ鳥はしみじみと語ってくれた。

 僕は、自分が人形だった記憶はないが、子供のころよくピノキオの物語を両親にせがんだ記憶がかすかに残っている気がした。もしかしたら、僕は人形だったのかもしれない。ピノキオ鳥のテレパシーは僕の意識を人間以外に近づけた。

 風の音がより大きく聞こえた。太陽の熱を直接体に感じた。空の青さが目に染みいると思った。草花の匂いが強く鼻を衝く。呼吸するたびに空気の味を舌で感じた。喉が震え言葉の代わりに口から音楽が奏でられる気がした。

 ぼくは自分の身体が自然の中に包まれていると思った。ここち良かった。無理に何かを考えることをしなくていいと自分に言い聞かせた

 風に体が揺らぎ、熱に心が解け、光に目が吸収されていった。意識が地上を離れ遠く宇宙・銀河の果てまで飛んでいった。小さな星になった自分を想像した。

 一匹の小さな細胞が、宇宙を漂っている。小さな小さな生命鼓動が集まり、大きなエネルギーとして渦巻き、熱、光、音、波、元素となっていく。

 一条の元素が水と土を造り、新たなサイクルで海を育み、大地を築き、生命を立ち上げた。海に地上に草木が揺らぎ、青緑の海に動く生命が漂う。海の生き物が地上に這い上がり、足を持ち移動していく。

 移動し始めた生命はより巨大化した。空を飛ぶのもいた。

 だが、大地の大爆発に巨大生命は死滅し、より小さな生き物が地上を歩き回り、より小さな鳥がが空を飛び、より小さな魚が海を泳いでいった。

 ある日、四つの足が二つ足になり、前足は手となり、手は傍にある樹木、石を掴み、それを遠くに投げた。投げられた石が岩山に当たり、火花が散り、樹木を燃やした。空に光った雷が落ち、地上の樹木を燃やし火を作ったのをまねたのである。

 火を捕まえた動物は「自然」を捕まえたのであった。火を捕まえた動物・人間は自然に置き去りにされたので「自然」を作ったのだった。

 火を捕まえた動物は同時に「神」も捕まえた。

「神」を創り出した人間は「自然」をも捕まえたのだと思ったが、本当は自然の中にある貧しい「人間」が作り出した「自然」を「神」と勘違いしただけのことだった。

 ピノキオ鳥は僕の脳にそのような映像を一瞬のうちに与えた。ピノキオ鳥と僕は同じ運命だと思った。鳥はピノキオで、僕もまたピノキオで、ピノキオは僕であり、鳥であり人間だったのだと。

「やあ、ありがとう。ピノキオ鳥君。君の大変さがわかったよ。でも、ぼくは当分人間でいるから、君もせっかく鳥になったのだから、鳥でいることを楽しんだらどうだい。青空を自由に飛べるのは今だけだよ。鳥でも君は気どり屋(木鳥)でいいじゃないか」

 僕は、自分が鳥でも人間でも、ピノキオでもなんでもいいが、何にでもなれるなら、今は人間でもいいなと思った。そのうち、いやでも鳥になり、ピノキオになるだろうと思ったからだった。

 今は人間でいることも悪くないと思った。

 僕は、ピノキオ鳥に「さようなら」と挨拶して背を向けた。

「明日からの人間生活もそう悪くはないだろう」と僕は思った。

 僕は背中にピノキオ鳥の優しい視線と、熱い太陽の光を感じた。

 僕はは前に歩き出した。目の前には漁港の新鮮な海鮮料理が食べられる「漁港食堂」が見えた。