ショットなストーリー

一枚の写真から浮かぶショートストーリー

灯台島の謎 2

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灯台

               

「財宝箱」は跡形もなく消えていた。

 誰があんな重い箱を持っていったのだろうか。Sは朝早く起き、「財宝箱」がなくなったと大騒ぎした。だが、二人は何食わぬ顔でまるで何も無かったかのように、「それがとうした」と平気な顔をしているフリをしていた。

  Sはピンときた。「俺が寝ている間に、二人でどこかに運んだんだな」と半分寝ぼけた頭をフル回転させて考えた。

 MはSの動揺を察して言う。「海の漂流物は、会社の規則で裏の倉庫に保管することになっている。お前が起きる前に、俺たち二人で箱は裏の倉庫に持っていったよ。何か、財宝でも入っていそうだと、俺たちが妙な気をおこさないよう、隠したのさ」

 Kも情けない顔で、まるでSに対し何か悪いことをしたかのように言う。「君の疑う気持ちは分かるが、チャンと手続き上の行動をしたんだ。一人だけのけ者にされたと思うな。あまり、気にするなよ」

 Sは納得はしないが、先輩二人に逆らうことはできないと感じ、信じるしかないと思った。二人が言うことが本当かどうかは、後で、倉庫を見ればわかることだ。SはKに頷いた。

 Sはいつものように島の周りを点検した。今日はなんの変化もなかった。風もおだやかで、春のあたたかい一日になりそうだ。

 遠くをみると、雲一つない青空に海鳥が飛び交い、波が静かにうねっている。どこにも船らしきものは見えなかった。昨日のボートの漂流は偶然のものだろう。どこか近くで船が沈没したのかもしれない。Sはボートの箱のことを思い浮かべ、それが、どこから来たのか推理する。

 本島からボートで船出したとは思えない。ましてや、あんな重い箱を積んでボートを漕いで海を渡るなんで無謀だ。もっと大きな船で運んでいたのを、ボートに乗せ換えてどこかに持っていこうとしてボードが遭難したのか、それとも、船自体が遭難して、ボートに箱を積み込んでいるうちに船が沈没してしまったのだろうか。そのどちらも人がいないとすると、ボートに箱を積み込んだとたん船が海に飲み込まれたのだろうか。

 その船はどんな船だったのだろう。どこか近くに秘密の島ががあって、昔の海賊が隠していた財宝を発見したのだろうか。

 Sはいろいろ考えるが、あまりにも突拍子もない空想物語に、自分でもあきれてしまっている。今時、そんな時代でもあるまい。あれは、ただの「財宝箱」もどきのフェイクに違いない。だれかが、冗談で海賊ごっこでもして流したのだろう。Sは無理に自己納得して安心したい気持ちであった。

 夜になると少し冷える季節である。気温は低かったが、風はなかった。

 漂流物が島にたどり着いて三日が過ぎた。

 三日目の真夜中である。

 風にあおられたのでない船が、それもかなり大きな船が、小さな島の周りを何度も何度も周回している。だが、灯台の三人は寝ているのだろう、気づかない。大型船は静かに島を3週した後、灯台のよく見える近海で無線連絡もせず待機している。大型船は、何かを待っているようだ。

 船の中には数人の人影が見える。何人かが島の灯台の方に目を向けて、どうしたものかと手を大きく振って言い合っているようだ。そのうちの一人は、手に望遠鏡をもって灯台をじっと観察している。

 船は静かに停泊所に近づく。船は音もなく錨を下し、三人の大男が船から降りてきた。真夜中の三時ごろである。時、あたかも草木も眠る丑三つ時、人も寝るが、盗人は稼ぎ時である。時間は人それぞれに使い道があり、寝る時間も人それぞれである。

 三人の大男は、灯台までの道のりを夜の家業のように静かに、確実に歩いていく。灯台への道は一本だけである。月だけが、彼ら三人の大舞台を迎えるように照らすが、無観客の客席は夜の寒気が鎮める。

 灯台のライトは、夜空の遠くの海を照らしている。灯台の下には、知るべくもない人影が三つ、大きく月夜に照らされている。影絵のように長く伸びた影は、無音の月音に小さく震える。

 三人が音もなく訪れたのは、お届け物のためではなかった。

 

 

  

灯台島の悲劇

 

 

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灯台

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 数十年前の話である。

 その灯台は離れ島にあった。

 本島から船で2時間、周辺1㎞の小さな無人島は、海峡が激流のため航海安全用に灯台が設置されていた。3名の灯台守が3か月分の食料、燃料などを積み込み灯台を管理・運営していた。

 3月から3か月間、春の季節の灯台守の3人は、KとMとSだった。

 Kは灯台守職25年のベテランで三名一組の主任である。Mは灯台守職10年の中堅で、おもに技術職である。Sは灯台守職1年目の若手で、記録その他の事務職を受け持っている。

 三名は官舎の中で寝泊まり自活しながら、これからの3か月間、灯台の点灯運営を行っていくのだ。

 朝は早くから起き定期点検を行い、灯台に昇り照明レンズ(ライト)を磨き、回転軸の作動を確認し夜の点灯を確実なものにするのだ。電機は自家発電であり、モーターの起動で夕方になるとライトがつき、明け方になるとライトを消す。夜は航海安全のため、どんなことがあってもライトを照らし続けなければならない。いざという時は、一日中レンズの番をしなければならない夜もある。

 官舎の中にはキッチンがあり、三名分それぞれの小さな個室の寝室があり、キッチンにつながる事務室でそれぞれの職務を行う。電話はなく、電波の通信機で本島や航海上の船と通信していた。

 三名が赴任した3日目の夜は嵐が吹きすさぶった。春の嵐だろう、かなりの風で海は荒れていた。三名は眠れぬ夜に荒れる波音を聞きながら朝をむかえた。

 翌朝三名は、嵐の後の灯台の点検のため島の周辺を見回った。灯台の周りには、風に吹きつけられて方向を見失った海鳥が、ライトに引き寄せられ、灯台にぶつかってしまったのだろう、かなりの数が死骸となって散らばっていた。

 三名は、鳥の死骸を拾い袋に詰め、近くの土地に埋めた。その後、何か異変がないか島の周辺を見回した。Sが、島の北側の絶壁の下の小さな入り江に、ボートが岩礁にせき止められて漂っているのを見つけた。

 その船には、かなり大きな木箱が積まれているが、人の気配はない。若いSが、ロープを体に括り付け崖下に降りて調べることになった。ボートの周辺を探索するが誰もいない。木箱を見ると頑丈そうで、錠前カギでしっかり施錠されていた。

 動かしてみるとかなり重く、一人では担げそうもない。Sは上の二人に合図して、木箱をロープで縛って持ち上げることにした。

 二人はどうにかしてロープを手繰り寄せ、木箱を崖上に持ち上げることができた。Sもロープで崖上にあがり三人で木箱を宿舎に運んだ。三人でやっと運べるほどの重さだった。

 三人は木箱をどうしようかと思案していたが、主任Kの言葉で中を見ることを辞めた。

「これは、何か訳がありそうだ。遭難した船からの漂流物かもしれない。本島に帰って会社の連中に渡した方が安全だ。危険なものかもしれないから、このままにして、次の交代の船で運ぼう」

  MとSは好奇心に駆られ中を見たかったのだが、ボスの言葉に頷くしかなかった。漂流物はまず、本社に報告するのが筋だが、持って帰るとの結論に誰も報告しようと言い出すものはいなかった。なにか、きな臭い感じがするので三名は黙っているのだろう。

 古びた木箱は、四隅が頑丈な鉄枠で保護され、さらにところどころ金具で固定されていて、まるで海賊映画に出る「財宝箱」にように見えた。中には金の延べ棒が何十枚も入ってそうである。

 数億円の金塊!

 一瞬、三名の脳裏に同じ映像が浮かんだ。

 だが、三名はそれぞれの思惑を胸に秘め、何事もなかったように自分の職務に専念するのだった。自分のいつもの仕事をするのだが、なぜかつい目が木箱の方に向いてしまう。

 夜になって、三人は自分たちの寝室で寝た。木箱が気になってなかなか寝付けない。自分の以外の誰かが、抜け駆けして木箱を開けてしまうかもしれない、寝ているうちに中身をどこかに隠すかもしれない、と落ち着いて寝ていられない。夜中にそっと起きて、木箱の存在を確かめては安心して寝床に就くのだった。

 三名は、昨日に続く心の嵐に惑わされ、眠れぬ夜を過ごした。

 ・・・

 Kは結婚していて、妻と高校生の娘と中学生の息子がいる。これから子供たちの進学を考えると、大分の教育費が必要であり、数年前に建てたマイホームのローンもかなり残っている。妻はパートの仕事をしているがそれほどの収入にはなっていない。Kはいつも、これからの生活に不安を感じている。

 Mは妻と生まれたばかりの小さな息子がいる。妻が子育てに夢中になって、自分のことを構わなくなってきた。気晴らしに始めたパチンコにはまってかなりの借金をしてしまっている。パチンコのことは妻には内緒であり、マイホームをつくるための積立金を少しずつ借金の返済に充てている。表面上、生活の不便さには表れないが、そのうち生活がパンクするのは目に見えている。Kは、何としても金が欲しいと思っている。

 Sは大学を卒業して、運よくこの仕事につけたのだが、家が貧しかったので親の援助がなく、大学の学費、奨学金など借りられるだけ借り、バイトで自活してきた。借金がかなりあり、他の同じ年代の若者が遊び廻っているのを見ると羨ましく感じる。Sは、金の必要性をいつも考えていていた。

 ・・・

 眠れぬ夜が明けた。

 事務所には朝日が差し込んでいる。その朝日の先にある部屋の隅にあるべき木箱はどこにもなかった。

 

 

 

 

戻り橋

 

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 隣町M町に行くのには、その橋を渡る必要があった。

 その橋はそれほど長くないが、車が一台しか通れない横幅の小さな橋だった。だれもが、昼間でもライトを照らし、軽くクラクションを鳴らし向こう側に合図を送り、車の鉢合わせを防ぐようにしていた。

 一台の車が橋を渡って行った。

 その車は橋を渡るときの礼儀を知っていなかったのだろう。昼間であったのでヘッドライトを点けず、向こう側からの車も来ないだろうと、クラクションも鳴らさず橋を渡って行った。

 橋の真ん中あたりまで来たとき、一台の車が止まっているのに出会った。車を運転していた男はビックリした。前方を見ながら反対側からは車が来る気配もないと判断し、一気に通り抜けようとスピードをあげて車を走らせていたので、車が目の前に浮かび上がって来たのに驚いたのである。男は急ブレーキをかけて車を止めた。

 橋の真ん中に黒くて、車の塊のような影が見えたのだ。車の方向は分からない。おそらく、同じ方向に向かっている車だろうと、男は思った。

 男はクラクションを鳴らし、ヘッドライトを点滅させて合図を送った。黒い塊からは何の反応もない。男は車のブレーキをはずし、ゆっくり黒い塊に近づいた。よく見ると自分の車と同じ種類の車種で、色形が同じである。

 男の車が動き出すと、前の車も少しずつ同じスピードで走り出した。男はホッとしたが、前の車のあまりにも遅いスピードにイライラしてきた。

 男は、クラクションを大きく鳴らし、さらに、ヘッドライトを点滅させ前の車にスピードを速めるよう促した。だが、前の車は我関せずと、ノロノロ運転を続けるばかりである。狭い道幅で、追い越すわけにもいかず、男はイライラしながら運転していた。

 いつのまにか後ろの方から、かなりのスピードで近づいてくる車があった。その車も男と同じ車種で色形も一緒だった。

 男はあわてて、車のスピードを速めようとしたが、前には車がある、後ろからは車がかなりのスピードで近づいてくる。男は、加速ペダルと思いきり踏み込んで、前に進んだ。男の車のスピードをあげれば、前の車も気づいて、スピードをあげるだろうと思った。

 しかし、前の車はそのままノロノロ運転だった。

 男の車が突然急発進し、前の車とぶつかったと思った瞬間、同時に後ろからの激突音が男の耳に聞こえた。

 ガシャ!

 と音が橋上に響き渡ったと思ったが、何の音も聞こえなかった。男の前に車はなかった。後ろの車の気配も消え、男の車だけが橋の上を走っていた。

 夢を見ていたのだろうか。男は首を傾げ、前方を凝視し、バックミラーで後方を確認したが、どこにも車の塊はない。ホットひと安心、男は車を止めて下りてみた。

 男は、車両の前と後ろを確認するが、衝突した跡はない。前後には車もない。「俺は居眠り運転をして夢の中で事故にあっていたのだろう」男は妙な納得をして事態を理解しようとした。

 男は車に乗り直し、そのまま橋を渡り切った。

 その日から、男には不思議な出来事が起こるのだった。

 いちおう用事をすませ、男はまた、橋を渡って自分のN町に帰って来た。その時男は、車には妻と一人娘が同乗していた。車の衝突事件(?)にも二人は怯えることなく普段通りの対応だった。

 男と家族の生活は何事もなかったように続いている。男は朝早く会社に出勤し、妻は子供が学校に行くと、近くのスーパーでパートの仕事を午後5時まで働いるらしい。

 近くに住んでいる男の同僚は、男の行動の異変に気付いた。男は三年前から一人住まいだったはずなのに、最近なぜか、車の中にしばしば人影らしきものがみえることがあった。

 三年前、男の妻と娘はあの橋の上の交通事故で死んだ。その事故は橋の上での三重衝突の事故で、男の車は間に挟まれ大破したが、男だけはかろうじてハンドルを切った分重傷であったが、命に別状はなかった。

 妻と娘は即死だった。あれから三年たっているはずだ。

 事故当時は男も動揺して車を乗ることができなかったが、年月が経つと自然に車にも乗れるようななったが、二度とあの橋を渡ることはなかった。

 男は隣町にはわざわざ遠まわりして、山を越えて行くようにしていたのだ。それが、三年目のある日、男は橋を車で渡った。

 そして、帰りに男は何かを乗せて帰って来たのだ。

 橋の名前はかつては「戻り橋」とも言われていたらしい。

 同僚は今、どのように男と話せばいいのか悩んでいる。男の表情には、三年前の本来の明るい気質が溢れている。

 

 

 

 

フライドフィッシュ定食

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フライドフィッシュ

 ある小さな島のお話です。

 南の小さな村に小さな港があった。数人の漁民が小さな船で遠くの海まで漁をすることがあった。太平洋の赤道近くの海にまで魚を釣りに出かけるのだった。

 真夏の天気のいい日の出来事である。あまりの暑さに水温も上昇し、海上温度も50度にもなっていた。

 釣り上げた魚が海から釣り上げた瞬間、太陽熱に焼かれ、まるで煮魚になったように釣り上げられたのだ。

 漁師はビックリして、その魚をそのまま海に戻そうとした。でも、もうお昼時期なので、昼飯にでも食おうかとそのまま食べてみると、ほんとに美味しい、塩煮魚の味がして、骨のまわりまで食べられるほどであった。

「こりゃ簡単だ、さっそく煮魚定食いただき!」と漁師は次々に釣り上げた魚を食した。

 でも、困ったことになった。釣り上げた魚がすべて煮魚でしか釣れないとすると、生のまま港にもっていくこともできず、冷凍保存もできない。今、即食べる以外に何のてだてもないと、漁師は大変困ってしまった。

 その夏はずっと、島近海では平均30度以上の暑さだった。赤道近くは50度以上が続いていた。

 村一番の知恵者、チブルジョウトーに相談すると、長いアート―トーウートウトーの果て、次のよううなハンジが出た。

「これは、海の神様が魚は生で食べてはいけないと言っているのだ。これからは、生の魚を食べず、必ず、焼くか、煮るか、蒸して食べるようにしよう」

 このハンジ(裁定)から村人は、釣った魚をあらためて焼いて、煮て、蒸したものを出荷した。

 するとどうだろう。村で出荷した魚が、この世にない美味しい味で色が赤いので「カラーフィッシュ」として世界中から賞賛の声が聞こえてきた。

  特にから揚げ魚にするため、海水50度で煮あげされた魚をもう一度180度以上の高温でゆっくり揚げると、骨までがカリカリ・ジュワジュワー、とろけるような味色で、なぜか高級松坂牛の味がするのであった。骨から出る骨汁がたまらなくとろけるのだった。

 村の周辺には、定食屋ができ、それぞれの店で魚料理を出すとどこも繁盛して、村は「漁村兼食の名店村」として世界中から観光客が殺到した。

 村人が釣る魚は、なぜか、太平洋近くに行かなくても近海で釣れるようになった。村人の一生懸命さに魚がついてきたのだろうか。

 太平洋上での海上高温50度ではなく、この小さな島周辺の海では30度だけど「カラーフィッシュ」は釣り上げられている。

 村の釣り人にツイてきているのだ。

 その「カラーフィッシュ」は沖縄では「グルクン」と呼ばれている魚ではないかと思われる。「グルクン」は通称「タカサゴ」と呼ばれている。

 ためしに、筆者は一度煮つけしたグルクンをもう一度180度近くの油でゆっくり揚げてみた。すると、本当に美味しいグルクンのから揚げが出来上がった。お頭から尻尾まで食べられ、骨も残さず全て食べてしまった。

 写真は、その証拠にお頭だけを残して記念に撮ったものである。

 骨までカリカリ食べられたが骨汁じゅわーとはいかなかった。やはり「カラーフィッシュ」とは違うかもしれない。

 いつの日にか「カラーフィッシュ」の骨までカリカリ・ジュワジュワーの味見をしたいものである。

 

十字路交差点事件

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十字路交差点

 ー2019年10月1日のことである。  

  人通りの少ない交差点である。

 「車の種類はわかっているのか。」

 「まだ、分かっていません。」

  すべての車が動き出した。

 「どの車に乗っているのだろうか。」

 「あの車が怪しいんじゃないか。」

 「そうだ。あの車の追跡を依頼しよう。」ー

         「ユーチュブ映像『十字路交差点事件』より」

 

 僕はあるユーチュブの映像で気になるものを見つけた。

 僕が住んでいる街にそっくりな交差点の映像であった。2019年10月1日、僕はちょうどこの映像が写された時間にそこにいた。映像を見ると左側の男女ペアが写っているのが見えるだろう。その二人は僕と知り合いの女性である。

 僕は、気づかないうちに写されたこの映像の記憶がある。あの時、目の前を通った白い車の中で女の人が何か騒いでいたような気がしたのだ。その時は、なにか、運転手と喧嘩でもしたのではないかと思っていたのだが、女の人の顔がなにかこちら側に訴えているような身振りに見えたのが不思議に記憶に残っている。

 運転手でもなく、後部座席の隣に座っている男に向かってでもなく、外の僕たちに向かって何か言いたそうな表情で叫んでいたのだ。

 僕と彼女は顔を見合わせて、誰か互いの知り合いだったのだろうかと尋ねあったが、お互い知らない人だった。その女性の悲痛な表情が、いま思えば「助けて!」と叫んでいたように感じられた。さらに、記憶の片隅には、窓ガラスに差し伸べた手はロープで縛られていたように覚えている。

 僕は、このユーチュブがその時の出来事を「事件」としているのに驚き、困惑し長いこと悩み続けた。

 あの時の女性が何か「事件」に会い、僕たちに助けを求めていたのだとしたら、僕たちはすばやく警察に通報すべきではなかっただろうか。彼女のその後が心配である。

 今ではもう手遅れかもしれない。僕は、後悔の念でいっぱいだった。

 僕は、半分の当事者として、この謎めいた出来事を自分で解決しようと思った。手掛かりは、ユーチュブの映像だけである。

 そのユーチューブ映像をよくみると、近くのマンションから撮影されていることが分かる。僕がよく通る交差点から北側にあるマンション風建物は何件があるが、そのうちの一つだろう。

 僕は、そのマンションにどうにか入り込めないだろうかと考えた。入り口がオートロック式であるが、数人の入居者は鍵なしで入っていく。多分、決まった暗唱番号があるのだろう。

 僕は何度か、郵便物を入れるふりをして入居者の行動の盗み見を繰り返した。何度も盗み見しているうちに、その暗唱番号にあたりを付けた。

 数回、暗証番号を繰り返すと、一つがヒットして自動ドアが開いた。しめたと思い、僕はすばやく中に入っていった。

 映像からすると高さ的には高い方だろうと推測して、10階のエレベータボタンを押した。

 10階にたどり着いてエレベータから降りると、右側に長い廊下があり、7つの部屋が横一列に並んでいた。奥の南側の突き当りの部屋から交差点側が見えるだろうと、107号室に向かった。

 廊下の突き当りにあるその部屋は、廊下側からは入り口のドアが左側にあり、右側は胸までの手すりが廊下を囲っており、外が見渡せる。107号室は、マンションの外、交差点側から見ると、部屋の周辺がベランダに囲まれていた。

 107号室入り口付近の突き当りは、壁を越えればそのまま107号室のベランダに通じるはずだ。

 僕は、危険を顧みず、107号室の呼び鈴を押した。誰も出てこない。107号室の住人は、外出中なのだろう。

 僕は、今がチャンスだと、廊下側から必死の態勢で手すりを乗り越え、107号室のベランダに飛び降りた。

 幸い、107号室には人の気配はない。僕はベランダ伝いに、手すりの壁に隠れて南側の窓の方に移動した。そこから、交差点の方を覗くと、まさしく、ユーチュブの映像通りの風景が見えた。

 僕は素早く高さを確認して、南の窓側から写したであろう、映像のポジションでデジカメで写真を写した。

 帰りも、必死の態勢でコンクリート建物の支柱をよじ登り、廊下側に飛び降りた。人に見られていないのを確認して、さりげなく廊下を歩きエレベータで降りてマンションの外にでた。

 添付した写真はその時写した写真である。ユーチュブ映像のアングルと同じであり、ユーチュブ映像は、まさしくここから写されたものであることが証明された。

 僕は今日、107号室の住人にこの写真を添付した手紙を郵便ポストに入れた。どんな反応が来るか楽しみである。

 僕はいま、その反応によってこちらの行動を決めようと考えている。 

   

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金豚が空を飛んだ 3

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豚のグッズ

ー社会にまだインターネットが普及しない時代のことだよ。ワープロもなく誰もが手書きで文字を書き、家庭に一台の黒電話の時代だねー

ーこの島は特に遅れていた。戦争が終わて30年近く異民族に支配され、やっとJ国に吸収されて2年後のころのことだよ。

 J国へのパスポート携帯が必要なくなり、自由に往来できるようになった。若者はだれでもJ国の大都会を目指して行った。とくに首都のTエリアへの移動はまるで民族の大移動のようだった。

 でも、わたしは行かなかった。地元の高校を卒業して1年考えて、逆に父の生まれ育った南の小さな島K村に行くことに決めたのだ。 

 わたしの父の姉、つまりは叔母の家は農家で、サトウキビ業のほかかに30匹の豚を小さな養豚場で飼育していた。まあ、生き物を育てるのは大変だったよ。小さな養豚場だけど、一匹一匹大切な豚だからね。義叔父は丹精に豚を飼育していた。わたしもその手伝いのため、K市から小さな島K村に移り住んだ。

 わたしの生まれ育った街K市は、金網に囲まれた巨大な滑走路を敷き詰めた鋼鉄都市の一部であり、鋼鉄都市に働く巨人族に支配されて発展した街だった。

 鋼鉄都市巨人族は世界中の戦争を請け負って儲け、その巨人族の遊興を担おうと、K市はO諸島周辺の多くの地域から出稼ぎに来る人々であふれていた。人々は、昼間は鋼鉄都市の大工場で働き戦争機械を造り、夜になるとネオンが輝く風俗店の中、昼間の戦争機械の爆音に負けないほどの轟音で巨人たちを歓待していた。

 わたしの家もそんな巨人族の下請けをして生活していたのだ。

 そんな街にいやけがさして、若者は平和国家J国のTエリアなどに移動するのだったが、わたしは、そんな平和とは名ばかりのJ国には見向きもせず緑の島にあこがれたのだった。

 K村は四方を海に囲まれた面積60㎞㎡の小さな島で、人口一万人弱の水に恵まれ農業が盛んな地域だった。

 叔父の豚舎はかなり老朽化していた。豚舎は30匹の豚がいるわりに小さく、暗く、柵に囲まれて窮屈そうにしている豚たちが可哀そうに思えた。巨人族に支配され、小さな島に閉じ込められているわたしち自身を見ている気がしだんだ。

 もっとのびのびと育てられないかと叔父に相談するが、昔からの養豚業になれている叔父にとってはもやはその作業を変える気力も財力もなかった。

 5、6年すると、わたしは独立して、叔父から数頭の豚を分けてもらった。父が祖父から遺産としてもらった農地が、父の離島で今はだれも使わず荒れ地となっているのを譲り受け、放牧地として改良し、豚の飼育場とした。

 豚はね、みんなが考えような愚鈍な動物ではないのだよ。

 豚は、好奇心がつよく土の中を探ってキノコなどを探し出し、餌を見つけるのが得意だ。鏡に映った自分を認識でき、30匹ほどの仲間を認識できる、社会的な動物なのだよ。

 檻の外に出ると一日の60%以上は餌を探し、穴を掘ったり、散歩したりして動き回っている。立ちっぱなしが苦手なのだよ。まあ、イノシシの親戚だから当然だね。

 20種類の鳴き声でコミュケーションをとり、オス豚はメス豚の気を引くため歌を歌うときもあるんだ。

 寝るところとトイレを区別できる。

 母親豚は安全な出産のために10キロメートルも歩き回り、10時間かけて巣をつくる。授乳のときは独特の声で子豚を集める。

 水分補給を求め沼地を好み、泥水で体温を調節し、泥遊びで体の雑菌を防御することを知っている。

 豚は未来に起こることをを予測でき、チンパンジー並みの知能をもっていると言われているんだ。犬やイルカと同じようなものだ。

 そんな豚の習性・能力を考えると、柵に押し込めて、身動きさせず餌だけ与え続けると、ひ弱な豚になるのは目に見えている。それらの豚が病気に弱いのは当たり前で、それを食べる人間にしても病気がちになるだろう。健康な豚は最終的に食肉になるにしても、大切に育てられた安全な肉として、人間が大切に食べるのがいいのではないかと考えたんだ。

 これは、人間の勝手な思い込みかもしれないが、家畜として豚は生き、最終的には人間の血肉になり死ぬ。そして、人間も最終的には灰になるか、骨になり炭化するか、地面に埋められ自然土と化していくから結局は同じことだと思う。

 個体として生きる長さが違うだけで、生命種としてはどちらが長く生きられるかは分からない。

 動物学者のライル・ワトソンは、「豚ほど好奇心旺盛で、新らしい体験に飢え、無我夢中な人類の欲望に応える動物はいない」と言っている。

 そう言われると豚を食べるのを躊躇するかもしれないが、それでも、豚は家畜として育てられているので、人類の一部になると思えば自分を大事にすると同じように、大切な食物として日々食べればいいのじゃないかと思う。まあ、食べないという選択枝もあるけどね。

 養豚業者だったわたしとしては豚肉を食べて欲しいのだけど、食べるときにそういった豚にたいする認識を持っていて欲しいんだよー

                                                     続く

 

   

 

 

金豚が空を飛んだ 2

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金豚グッズ

 酔いもまわってきた僕はなんだかいい気分になっていた。ここは、ほら話が流通する場所である。あるいは、礼儀としてまず自分のほら話を一篇語るべきかなと変な納得をした。

 僕は二人に向かってほ次のような話をした。

「ある日のことです。僕は夜中に起きてみると家の外にまばゆい光が溢れているのを見たのです。家族のだれもがまだ寝ているので、その光に気づきません。近所の人々もいつものように静かに寝静まっていました。

 ぼくだけが、なぜか、その光に反応して起きだしてしまったのです。外は、光のあたっている部分以外は暗く、まだ夜が明けてない状態でした。だから、その光は太陽の光ではなく、ましてや町の街灯などでもなく、上空から一方的に光が円錐形状に発射されているようでした

 その光の奥に楕円形の円盤のような物体が宙に浮かんでいたのです。その物体は、ヘリコプターのホバリングのように軽く上下しながら、宙に浮かんでいるように見えました。かなり大きく、体育館ぐらいの大きさでした。

 ぼくだけが、外に出てその謎の物体を見たのです。僕は驚きながらも、好奇心にかられ何も考えずに、ただその物体の近くに歩いていきました。

 いつもは、夜中に吠える犬もその日は静かでした。怯えているのだろうか。ぼくは、自分の恐怖心を犬の気持ちに置き換えて推理していました。

 光が明滅し、音もなく軽く振動する物体を見て僕は、あーあっつ、あれがUFOなのだな、と理解しました。いままで映画の中での虚像であったのに、本当にあったのだ、と自然に了解したのです。

 その内、その物体はいつのまにか光を消して、音もなくどこかに飛び去って行きました。

 ぼくは、その物体の動きを追おうとしたのですが、飛び立つ一瞬の強い光で何も見えなくなり、その光が消えると闇の中には何も残っていませんでした。いつものような夜の風景が残るだけでした。

 それが僕のUFO体験です。見ただけですから、体験だといえるのかどうか、また、僕以外にそれを見たという人もいませんので、本物のUFO体験だと言える自信もありません。

 それからの僕は、夜中に突然目が覚め、外の夜空を覗く習慣ができました。その時はいつも流星のようにすっと飛び去っていくUFOの軌跡を見つけるのです。なんらかの合図を送っているのだとはわかるのですが、何を伝えようとしているのかいまだに不明です。

 そのうち、分かる日が来ると信じています」

 話し終えて僕はホッとした。

 僕の話に二人はどう思ったのだろうか。酔っ払いのたわごとだと思ったかもしれない。僕としては、「空飛ぶ豚」「豚の鳴き声」に匹敵する話を話し終えたことに満足した。

 陶芸家先生は、ニコニコしながら、「いやー、かなり奇妙な体験をしたね。もしかすると、君はいつの日か宇宙人とコンタクトできるかもしれないね」と真顔で言った

 僕は逆にびっくりしてして、間の抜けた返事をした。「まあ、そうですね」と。ついでに「空飛ぶ豚みたいな話ですよね」と余計なことを言ってしまった。

 それでも陶芸家先生はニコニコしている。

「それじゃ、わたしも君に負けないくらいの不思議な話をしないといけないね」と陶芸家先生は白くなった口ひげを人差し指でなでながら遠くを見つめて話し出した。

「わたしがまだ二十歳前後のころの話だよ」

                  (続く)

 

金豚が空を飛んだ。

 

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金豚グッズ

 

 紅の豚』(宮崎駿)の主人公、ポルコ・ロッソは自分の飛行機乗りの経験から言う。

「飛ばねぇ豚はただの豚だ」

 だが『不思議の国アリス』では豚が飛ぶことはあり得ないこととして意味づけている。

 

 「わたしにも考える権利はあります」と言うアリス。

 「ブタにだって飛ぶ権利があるようにね」と侯爵夫人。

          (『不思議の国のアリス河合祥一郎訳)

  

 常識的には豚は空を飛ばない。豚を例にするほど豚が空を飛ぶことは絶対にありえない超怪奇現象として位置づけられていることを言いたいのだろう。

 豚が空を飛ぶことはあり得ないが、もし、空を飛ぶ豚がいるとしたらどうなる。

 「空飛ぶ豚」は特別な豚であり、豚を超えた豚であり、もしかしたら空を飛ぶのだから「神」(聖なる豚)に近いのかもしれない。

 そうすると、豚は豚でも神(聖なる豚)に近のだから人間を超えているわけで、そうたやすく「空飛ぶ豚」を見下すことはできない。

 人間としては「食えない豚」と言うべきである。

 それは沖縄の言葉に「鳴き声以外の豚のすべては食える」という名言があるが、その「豚の鳴き声」に匹敵するのが「空飛ぶ豚」なのかもしれない。 

「豚の鳴き声」をだれも食べたことがないように、「空飛ぶ豚」はだれも見ることができない。もし、その「空飛ぶ豚」を見ることがあれば、それは、本当に幸運に恵まれた人だけである

 それもさらに金の豚であれば、なおさら、あり得ない出来事の倍掛けあり、同じく「金豚の鳴き声」を食べた人間は宇宙人とのコンタクトに成功した人に匹敵する大変事である。

 僕はその「豚の鳴き声」を食べたという人に出会った。

 数年前の話である。

 僕は牧志の公設市場のゲートの中の奥地にある川沿いを歩いていた。そこは古い建物が何件も立ち並び、まるで闇市のような雰囲気を感じさせる異世界だった。その中に一軒のおんぼろ食堂があった。

    赤ちょうちんの並ぶ飲み屋街のような一画の端っこに置き忘れたような、10人も客が入るといっぱいになるほどの小さな食堂だった。店の中には1人のお客さんがカウンターの端っこに座って、酒を飲みながら料理をつまんでいた。

 僕は、2つしかない、小さな2人掛けのテーブルの椅子に腰掛けた。ほかにお客さんが来たらカウンターに移ればいい、と一見さんらしく、お馴染みさんのようなカウンターの客とは離れて、端っこの2人用テーブルの椅子に座った。

 定番の「沖縄そば」に「ゴーヤーチャンプルー」などの沖縄料理のメニュー表の中になんと、豚料理の欄に「足てぃびち」「ソーキ汁」と並んで「豚の鳴き声」(時価)と書かれていたのだ。

 僕は、壁に貼り付けてある色あせたメニュー表を見ながら、なかなか変わったユーモアのある店主がいるものだと半分笑って読み流していた。

 この店は豚料理がメインそうだから、僕は「中身汁定食」を注文した。ついでに、酒が飲みたくなって、泡盛も注文した。

中身汁定食」にはマグロの刺身と揚げ豆腐とお新香などがついていて、なかなか、ボリュームのある定食だった。

 ときどき、泡盛のジョッキ杯を飲みながら定食を流し込む。僕はどこかへ行く当てもないので、料理を味わいながらゆっくり食べていた。

  水割りの泡盛はそう強くない度数で、飲みやすくいい塩梅の喉心地だった。最初はそう思っていた。しかし、2~3度杯を傾けるうちにかなり酔っている自分に気づいた。

 おかしい、この程度の酒で酔うはずがないのにと僕は酒の手を止めて、料理を多く食べようと中身汁に箸をのばした。

中身汁」は豚の贓物のお吸い物で、豚の内臓、小腸・大腸・胃などを軟らかく煮てシイタケやこんにゃくを入れた鰹汁の優しい食べ物である。肉は相当に煮込んでいて食べやすく、体の中にスーッ入っていった。

 刺身も身が厚く、添え物にしてはボリュームがあり、食べ応えがあった。豆腐の味付けも美味しかった。

中身汁定食」は大満足だった。

 しかし、なぜか泡盛の水割りは飲みやすい割には酔いが早い。僕は意識がとぎれとぎれになりながら、今、俺は食堂で定食を食べながら飲んでいるんだな、と自分をまるで他人を見るような感覚で認識していた。

 店主はカウンターの客とお喋りをしている。かなりなじみの客らしく、和気あいあいとしゃべっている。

 僕は、料理を食べ酒を飲みながら、聞くともなく二人の話を聞いていたが、なんだか、変な話で盛り上がっているような気がした。

 会話はとぎれとぎれに聞こえてくる。

「・・・火曜日の夜になるとカエルが飛ん・・・寝ている婆さんのTVリモコンをいじってテレビをみたり、干してあるシーツで遊んだり、犬を追いかけたり・・・翌朝、警察が来て落ちた水辺の葉っぱを調査した・・・、その次の週は豚が空を飛んでさ、何かが始まるわけよ・・・」

 と奇々怪々な話をしている。「豚が空を飛んで」のところははっきり聞こえた。

 僕には、二人の会話はまるで昨日の出来事をそのまま現場で見てきたかのように話しているように聞こえた。

「はあぁー、ここでは夜になると豚が空を飛ぶわけ?」と酔いと、からんだ思考と、不確かな常識とが感がらがってなんとなくあり得そうだなと不思議に感得した。

 僕は、酔いの勢いが勝って、いつもは控えめの性格が、まるでワー(豚)が乗り移ったかのように、ワーンカラワーンカラと豚の鳴き声を発し(胸の内で)、引っ込み思案の自分を押しのけて、そのカウンターのお客の席の隣に移って行った。

  僕が近寄って来たのでカウンターの客はビックリして僕の顔をまじと見ていた。そのうち、こいつは酔っ払いだと思ったのだろう、やさしく接してくれた。

 僕は名前を名乗り、話の面白さに釣られてしまったと正直に話した。なにがそんなに面白かったのかと聞くので、「空飛ぶ豚」と口にした。すると、その客はニタっと笑みを浮かべ、さも愉快そうにうなずいた。

 客の顔をよく見るとビンタに白髪があり、口ひげを生やしなんだか仙人風の陶芸家先生に見えた。

 詳しく話を聞くと、それは、昨日、陶芸家先生の孫が持ってきた絵本のお話で、『かようびのよる』という文字の少ない絵だけがある不思議な絵本だとのことだった。

 絵本の中で火曜日の夜になるとカエルが出てきて騒ぎ、次の週には豚が空に浮かんでいる絵で、何かが始まりそうな予感で終わるミステリー風の絵本で、大人がめくっても面白いとのことだった。

 僕は、その話が本当に起こったのではないか、と話の上手さにまじめに信じて興味深々だったと告白した。

 陶芸家先生はさらにロック・ミュージックの「ピンク・フロイド」に空を飛ぶ豚の絵のジャケット(『アニマル』)があると教えてくれた。

 すると、店主がそのCDをかけてくれた。なぜか、調理場の端っこにCDプレイヤーがあった。おんぼろ食堂には似合わない音楽が店いっぱいに鳴り響いていく。

 かなりいい音響装置である。ロック音が所狭しと端々を飛び交っている。地響さえ感じられる。

 店主はCDアルバムのジャケットを見せてくれた。その絵はロンドンの川沿いの発電所の上を豚が飛行船かアドバルーンのように浮かんでいる。不思議な感じがした。食堂の空間が一気にロックライブハウスと化したようだった。僕らはしばし音に酔いしれていた。

 

 )Pigs One The Wing(Part One)

   飛ぶ豚・パート1

 2.Dogs.

            ドッグ

 3.Pigs(Three Different Ones)

   ピッグ(3種類のタイプ)

 4.Sheep

   シープ

 5.Pigs One The Wing(Part Two)

           飛ぶ豚・パート2 

           

 新参門の僕は二人と仲良くなって、なんとなく打ち解けた関係になっていたような気がした。

 僕は気になっていたメニュー表の「豚の鳴き声」について聞いてみた。ほんとに「豚の鳴き声」料理があるのかと聞いた。

 すると店主は困った顔をして言った。

「いや、あれは今は品切れだ。材料がめったに手に入らないから長いこと料理したことがない。作り方も忘れてしまった」という。

 僕はなんだ、ただのほら話かと落胆した。

                     (続く) 

 

 

 

  

明けもどろの花が咲いた

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2020年 遅れ初日の出

 

 2020年、早朝6時10分。

 突然携帯電話のアラームが鳴った。

 外はまだ暗い。東の海を臨むと厚い雲がかかっているように見える。初日の出は拝めないだろうと思った。

 7時ごろになると分厚い雲が白く輝いてくる。

 8時を過ぎるころから雲が隙間をつくり始めた。その隙間からあふれんばかりの太陽の光がもれてくる。

 時間遅れの日の出を見た。

 雲間から明けもどろの花が咲いている。

 古琉球時代の太陽を讃えた神歌(オモロ)が思い浮かぶ。

 
 
 一 天に鳴響む大主

    明けもどろの花

    咲い渡り

    あれよ 見れよ

    清らやよ

  又 地天鳴響む大主

    明けもどろの花の 

  (歌意)

    天地に鳴り轟く大主よ。

    明けもどろの花が咲き渡っていくようである。

    あれ、見ろ。

    なんど美しく雄大なことよ。

      (『おもろさうし』第十三

       うちいではあがるゑとの節 岩波文庫より)

    明けもどろの花 

      太陽が水平線から昇る瞬間に放射する多彩な光の渦

 

見えざる壁

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タイル壁

 

 増殖するタイル壁が目の前をおう。

 Kは唸った。

「俺はタイル張りの壁に閉じ込められていたのか」

 ・・・

 Kは会社に行くためにいつものようにバスに乗った。バスは少し遅れてバス亭に着き、ドアが開いた。KはICカードを読み取り機にピット押しバスに乗り込んだ。バスのドアが閉まった。

 やはり、少し遅れてバスはバス停に着いた。

 Kは会社への道をいつものように歩いている(少し早歩き)。今日は5分遅れている。でも大丈夫、少し早く歩けば時間内に着ける(だろう)。

 いつもはバス停から会社へは真っすぐに行く道順だ。

 その道は右側に緑豊かな畑があり、Kの好きな花がすっと鼻をくすぐる。途中の公園には日向ぼっこするネコがいたり、さわやかな微風が朝の緊張した気持ちをほぐしてくれる。

 だが、今日は少し遅れたから、真っすぐ歩くとすぐ左に曲がって、また右に曲がって、さらに左に曲がり人家の多い住宅街を通り抜けて会社に行く。

 左曲がりの角の家の犬はいつもウルさい。人が通るたびに吠える。馬鹿犬だから、住人もおかしな人間だろうとKは考える。会ったことはないが、犬の管理もできない気の利かない人間に違いない。

 だから、ここからは行きたくなかったけど、3分だけ早く行けるから仕方がない。

 右曲がりの角の家は朝早くからおじいさんが門の前で椅子に座っていて、歩いている人に声を掛ける。返事をしないと怒るのでいやだ。

 なにやらKの会社のもと重役だった(らしい)。いやにいばっているので、ついへいこらしてしまう。

 今はちょうど8時、それまがり角だ、会うぞ、声をかけられるぞ、いやだいやだと思いながら歩いている。

 だが今日は、おじいさんは居なかった。椅子もなかった。

 そういえば、さっきの曲がり角にも犬がいなかった。静かで不思議に思っていた。今日は、幸いだ、二つもいいことが続いたのだから、今日一日うまくいくだろう。Kのホホがゆるむ。

 次の曲がり角の家は小さな子供たちが朝からうるさく、その子供を叱る若い母親の怒鳴り声が頭に響き憂鬱になる。

 でも今日はいやに静かだ。子供たちが病気でもしているのだろうか。ほんとに今日は何かいいことがあるかも知れない。

 Kの歩く足も軽くスキップしたくなる程だ。たまに5分遅れるのもいいことがあるものだとKは思った。

 Kはホットしながら角地を曲がり切った。

 目の前には大きな建物、目指すべき会社が見える。会社の入り口周辺には出勤前の人々が並び、足早に歩いている。いつもの風景だ。少しの異変もない。

 Kは少し小走りに歩いた。8時30分の出勤時刻には20分の余裕がある。いつもの通りだ。これで、充分間に合う。朝の早い課長は、少しでも遅れると社員をギョロリと睨む。目が怖い。睨まれたら一日がうっとうしい。

 Kは安心した。

 ガラス張りの自動ドアの前に立った。いつもはドアがスッと開いて中に入ると閉まる。だが、どうしたのだろう。なかなかドアが開かない。センサーが壊れているのか。隣の自動ドアは普通に開閉しているのにKの前の自動ドアだけが開かない。

 Kは自動ドアが壊れたのだろうと思い、隣の自動ドアに移った。すると、後続の出勤者は気にもせず、その開かなかったはずのドアの前に立ち、スッと中に入っていった。

 だが、Kの前の自動ドアは閉まったままだ。Kがドアの前に立つと開かず、他の人が立つといつものように開閉する。

 どういうことだ。Kは焦った。こんなことがあるのだろうか。この自動ドアは人を選別して開閉するのか。Kの前の自動ドアは閉まったまま、後に列ができた。

 しかたなくKはドアから離れた。するとどうだろう。今までうんともすんとも言わなかったドアが自然に開いて人々の出入りに応じで開閉している。

 なんで、俺だけが建物の中に入れないのか。Kは焦りよりも恐怖を感じた。俺はこの建物に嫌われている。

 昨日までなにも考えず自動ドアの前を通り過ぎていた。目の前のドアが自動ドアで、自動に開閉しているのさえ気にしていなかった。前に立てば自然に開いて、通り過ぎれば自然に閉まる。ただそれだけだった。

 それが、どうしたことか。今日は自動ドアは動かず、Kは建物の外に残されたままだ。

 Kは手動の開閉ドアの方に移動した。手でドアを開けようとするが開かない。ガラス越しに中を見るが、鍵がかかっているようには見えない。

 Kはもとの自動ドアの方に移動した。

 他の出勤者と同時に入ったらどうだろう。Kはそう考えた。

 Kは少し待って端の方に立ち、他の出勤者が自動ドアの前を通り過ぎる瞬間滑り込んだ。Kが入れたと思った瞬間、閉まるドアに弾き飛ばされた。

 Kはビックリした。俺は本当に会社の中に入れないのか。

 Kはもう一度、開閉式のドアに向かって、中にいる警備員さんに合図するがなかなか気がつかない。無視されているようにもみえる。

 しかたなく、Kはどのようにしたら会社に入れるのか、と頭をフル回転させた。

 Kの頭に浮かんだのは地下2階の駐車場で、上がる出入り口が早朝は開けっ放しだと思い出した。

 Kは走った。出勤者の流れに逆らって地下2階の駐車場に向かった。かなりの距離だ。5分ほど走った。

 幸い、そこは業者の出入りのため朝はいつも早めに開いていた。Kは無事会社に入ることができた。自分の職場に急いて階段を上がっていった。

 Kの課は2階にあり、オープン式の仕切りなし、ドアなしの部屋なので入るのに心配はなかった。

 定刻5分前だった。課長は早朝会議でいない。ラッキー!

 だがKの心配は続いている。

 ドアのある部屋が全部開けられないとしたらどうする。社長室に呼ばれたらどうしよう。あそこのドアは秘書が開けてはくれないだろうし、入る人がノックして自分で開けて入らなければならない。 

 社長室に呼ばれたなら、こちらからノックして開けてくれるまで外で待つしかない。変にいばっているように見られるが、恐れ多いという顔をして待てば、そのうち、秘書が開けてくれるだろう。でも、まあ、社長室に呼ばれたことなど一度もないから心配する必要もない。

 でも、部長室も開けっ放しじゃない場合もある。それはそれで、その時考えよう。Kは心を落ち着ける。

 まず、この建物で、ドアがあり、自分で開け閉めしなければならない部屋には近づかないようにするしかない。

 エレベーターも使えないだろう。間違って乗ってしまって、次の人が乗るまで閉じ込められたままなんてみじめだからな。

 最上階までは13階あるが何とかなるだろう。

 会議の場合の会議室は、かならず誰かがいるだろうから、その人のすぐ後ろで開閉を待って滑り込めばいいか。

 Kは会社内の建物の構造を頭に入れ、ドアのある危険地帯をチェックした。

 食堂はオープンに入れる。

 トイレはどうだろう。

 トイレは、小の方は出入りは自由だからOK、大の方は開閉式のドア付きだ。上部が開いているので、イザというときは上から忍び込むしかない。人がいない時に使えばいい。「よじ登り作戦」と名付けよう。

 Kの気持ちは少し落ち着いた。

 仕事を終えるまでの9時間、何事もないよう願うしかない。

 ふとKの頭に浮かんだのは、外回りの場合、会社の車で訪問先に行くのだが、その車のドアは誰が開けるのだろう。

 日程表を確認すると、今日は一件外回りの仕事があった。相棒のTと一緒だ。少しはホッとした。なんやかんや言ってTにドアを開けてもらおう、運転も頼もう。

 そうだ、静電気が起きて感電したと嘘を言おう。でも下りるときはどうしよう。それもTに開けて貰うしかないが、どう言ったらいいだろう。今のうちに右側の手を包帯巻きにしておこう。火傷したとでも言えばなんとか信じてもらえるだろう。

 やはり、下りるときは左手を使うので左手も火傷にしておくか。変な包帯をして顔まで巻いて透明人間のふりをした方がいいかもしれない。

 Kは仕事に集中するふりをしてあれこれ考えていた。俺の異変の原因は何だろう。なにか悪いことをしたのだろうか。なにも思いつかない。誰かが先回りして、ドアのある部屋の鍵を閉めているとは考えられない。実際、自動ドアは俺以外の場合は開いて閉まった。俺だけが入れなかった。

 原因は不明だが状況は明確だから、対策はシンプルである。

 ドアのある部屋をどのように潜り抜けるかだ。ドアを開ける状況に出会わないことが第一だ。ドアを開けなければいけない場合は、誰か近くの人間の助けが必要になる。うまく、言葉巧みにドアを開けさせるしかない。

 Kの頭は会社内のドアのある部屋を思い浮かべた。今日一日をクリアできれば、明日以降の難関はその応用で解決できるだろうと予想した。

 まるで「迷路ゲーム」のキャラクターのようだ。

 Kは自分がゲームの中の果敢な状況をクリアするヒーローになったような錯覚を覚えた。

「よっし!全関門突破だ!」

 Kは意気揚々と心の中で奇声を上げた。

 すると、隣のTが幽霊でも見ような顔でKを見ている。Kはしまった、心の意気込みが声に出たか、とニタリと笑ってごまかした。

 そろそろ、昼休み時間だ。今日は会社内をうろつくのはやめて、業者持ち込みの弁当ですまそう。

 Kは注文した弁当を食べた。気疲れしたので椅子にもたれたまま昼寝をした。

 午後の仕事が始まる。さっそく、外回りに出ようとすると、お客様の都合でキャンセルになった。幸いだ。一つ悩みが解決した。

 「透明人間作戦」は中止だ。

 あとは、帰り時間を待つだけだ。今日は一日、机にへばり付いていよう。

 すると、全然予期してなかったことが起こった。

 なんと、Kは社長室に寄ばれているという。Kは覚えのない用で社長室に行くという。それも、課長も一緒である。まあ、一安心だ。課長がドアを開けるだろうが、閉めるときはどうする。Kは半分だけ心配した。社長室は3階にある。

 社長室に行くと、もうすでに大勢の社員がそれぞれ課長同伴で社長室で待っていた。ドアは開いたままだった。入社10年勤続の表彰だとのことだった。

 そういえば前に聞いたことがあった。Kは今思い出した。

 Kは緊張した面持ちで社長以下お偉いさんの挨拶を聞き、社員それぞれが表彰状を貰った。

 一件落着。何もなくドアを素通りした。「社長室事件」完了。

 Kは自分の席に戻って一息ついた。社長室に行く途中、色々な部屋があり、それらはドアで閉められていたが、Kは改めて会社は危険区域だらけだと実感した。

 Kは行ったことのある部屋もあるが、覗いてみたことさえない部屋もたくさんあることを知って驚いている。Kはこの会社は部屋だらけだったのだと改めて認識した。

 ゾーン別に危険地帯のレベルを区分けした方がいいかもしれない。

 社長室が、Aレベルでレッドゾーン。秘書の手助け必要地帯。

 部長室が、Bレベルでイエローゾーン、トイレはBレベル。誰か近くの人援助必要or壁よじ登り地帯

   会議室はCレベルで、ライトイエローゾーン。その他の部屋同じ。誰か援助者必要地帯。

 仕切りなし部屋はもちろんDレベルでグリーンゾーン。フリー安全地帯。

 エレベーターはAAレベルでヘルゾーン(地獄地帯)だ。乗る人時間待ち地帯。

 そうだ、一人で乗る車はAAAレベルでデリンジャラスゾーンだ。

 一人では車に乗ることさえできず、乗れたとしても下りられない運命の危険地帯である。一人で1日中車の前で(中で)祈っているしかないだろう。完全NG地帯。知らない人頼り時間帯だ。

 「祈りのゾーン」とも名付けよう。 

 ・・・

 その後なにもなく一日が過ぎていった。今日はなんと平和な心安らぐ一日だっただろうか。Kは出勤時の大事件も忘れて、ひさかたぶりに何もない一日の大切さを噛み締めた。

 そうだ、今日一日(実時間8時間)は何と生きているという充実(会社に入れただけで)を味わうことのできた一日だった。

   Kは忘れていたもう一つの心配事を思い出した。 

   地下のごみ収集室は普段は開いているいるが、たまに閉まっている時がある。少し心配だ。

 今日は年に数回ある掃除当番日で、集めたゴミを地下の収集室に持っていかなければならない。Tに頼みたいのだが、Tは午後の外回りが無いと分かった時点で早退していた。

 Kは人見知りする方で職場の仲間らから何となく仲間はずれにされていて、今さら頼めるような職場仲間はいない。いつも親切なYさんも今日は休みだった。

 午後5時15分になった。退社時間15分前。

 金曜日は会社一斉の簡易清掃日だ。週に一度、職員全員で職場内清掃をする。

 仕方なく、Kは集めたチリ袋を抱えて地下に降りた。

 幸い、ゴミ収集室のドアは開いていた。部屋の中はもうすでに集められたゴミ袋でいっぱいだった。Kは奥の開いている部分にゴミ袋を置いて出ようととした。

 するとどうしたのだろう。いつもは遅い時間に清掃員が来てドアを閉めるのだが、今日は早めに来ている。Kは慌てて外に出ようとしたが、間に合わなかった。間一髪、ギイッーとドアが閉められた。

 Tは急いで中からドアを叩いたので、清掃員がビックリしてドアを開けてくれた。ドアを閉めただけだ、なんでそんなに大げさに騒ぐのか分からないとの顔をするので、Tは清掃員に鍵を掛けられたのかと心配したと言って取り繕ってごまかした。

 ゴミ収集室はBレベルでイエローゾーンだ。

 Kは仕事部屋に戻り帰り支度をした。

 ほかの仲間はもうすでに帰る準備を終えている。金曜日なので、みんなでどこかに飲みに行こうと誘い合っている。

 そうだ今日は「花金」だった。Kを誘う人はいない。Tがいればなんとなく仲間に加わることができるのだが、Kも今日一日はどうなるか心配で飲みに行こうとの気も起らない。

 課長も含め早々と社員は出払ってしまった。

 Kは少し焦った。会社自体が月一度のノー残業デーなので早めに閉まる。

 午後6時には閉まる(だろう)。Kは突然そのことを思い出した。

 間違って、退社口が閉められたらたまったものじゃない。Kは速足で出口に向かった。

 いつもの出入り口ではなく、遅くまで開いている警備室の近くにある出口に向かった。

 それは地下1階にある。Kは階段を使って下りた。階段のドアを閉めようとする警備員を何とか説得して開けさせ階段口に出た。もう、上に行くにはエレベータしか使えない。Kはどうせ出口から出られると思いそのまま階段を下りた。

 いつもは開けっ放しのドアは今日は閉まっている。警備室には警備員もいない。退社時間なので周辺を見回っているのだろうか。

 Kはいらいらしながら、警備員が戻るのを待っている。あるいは、エレベーターから退社する社員が出てくるかもしれないとそわそわしながら出口で待っていた。

 5分、10分、15分経っても誰も降りてこない。警備員も警備室に戻ってこない。

 Kはしかたなく、ほかに出口がないか建物の反対側の方向へ歩き出した。西側にも出入り口(開閉式)があり、そこは外来者用駐車場につながっていて、うまくいけば外に出られるはずだ。Kは何度か行ったことのある西側出口に向かった。

 長い廊下を一分ほど歩いた。

 やはり西側出口は閉まっていた。外に警備員がいるようにも見えない。

 Kはもとの警備室側の出口に戻ろうとするが、すぐ横に地下2階西側出口があったのを思い出した。そこは、崖下の団地の方に行ける出口があったはずだ。めったに使ったことはないが、たまに団地側の一般市民が会社の食堂を使うとき出入りしやすいように開いている時期があった。

 Kは階段を下りて開いているかどうか確かめたかった。K は階段を下りた。なんと、そこはタイル張りの壁で覆われていた。

 Kは思い出した。数年前、台風時の豪雨で崖下との境目が土砂崩れして、かなり危険になったので、その出入り口は閉鎖されたのだった。

 Kは諦めて階段を戻ろうとすると、既に地下1階へ上がる階段のドアが閉められていた。ついさっきまで開いたのに、とKは焦った。多分見回りの警備員が危ないとドアを閉めなおしたのだろう。

 Kがドアを叩いて叫ぶが誰も答えない。何度も、何度もドアを叩き続けるが反応はなかった。Kは一時間以上ドアの前に立ち続けた。

 ドアノブを押したり引いたりしたが、びくともしない。そのうちKは疲れ果て、ドアノブから手が滑り落ちそのままコンクリート地に倒れこんだ。

 Kはその閉ざされた空間すべてがタイル張りの壁に見えた。Kには四週のタイル壁が押し寄せてくるように感じられた。

 Kはそのまま階段を滑り落ちた。

 ・・・

 翌日、Kは警備員に発見されたが、意識がはっきりせず、なぜか「壁が、壁が、俺を、俺を・・・ゲームオーバー・・・」と訳のわからない言葉を発していた。

 Kは白目を剥き出し、口からは白い泡を吹いていた。

 

 

メガネ

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眼鏡

 

   面白い話を聞いた。

 先日ある熱い国に旅行に行った人の本当の話である。
 ホテルの従業員は部屋に置いてあるセイフティボックスをいとも簡単に開けて、中のものを取った。

 セイフティボックスにメガネを預けていた客は、中をみてメガネがなくなっているのに驚いて従業員に言った。
「あのメガネはたいして高価ではない。でも、メガネがないと一日とて生活できない私にとってはとても大切なものなので、安全なセイフティボックスに仕舞って置いていた。

 メガネがないとホテルから出る事もできない。知っていたら探し出して欲しい」
 しかし、その従業員は答える。
「このホテルには、お客様の大切な物をセイフティボックスから盗むような従業員はいないはず。私に言われても困ります」
 客は心配そうに言う。
「あなたが取ったとは思いません。誰かが勘違いして、セイフティボックスに大切な物を預けるのは危険だから、と思いやりをもって自分で預かっているのだと思う。

 でも、それは、大した眼鏡じゃないので、大切に預かる必要もなく、安全じゃないセイフティボックスに置いても取られる心配のない値打ちのないものだから、預けていたのだと伝えて欲しい」
 従業員は困った顔で言う。
「もし、私の知り合いが間違って高価じゃない眼鏡を持っていたら、返すように言うよ」
 客はにっこりして、その従業員に安くないチップを与えた。

 翌日、セイフティボックスに18金で縁取りされた眼鏡が何もなかったかのように入っていた。
 …
 さらに、次の話も聞いた。別の客が同様な事件にあった。

 この客は以前、ホテルの従業員の対応を聞いていたので同じように尋ねた。
 すると、従業員は同じように困った顔で言った。
「もし、私の知り合いが間違って高価じゃないメガネ(グラース)を持っていたら、返すように言うよ」
 客は、ニヤッとして南の国の人に少額のチップを与えた。翌日、セイフティボックスにはメガネの縁を取り外したグラース(レンズ)だけが残されていた。

 さらに、次のような話が加わる。
 ある熱い国の従業員は、お客のセイフティボックスをいとも簡単に開けるが、そのセイフティボックスを従業員のためのお布施箱だという意味に解釈しているらしい。
 それを知らない日本人はお客様のためのセイフティボックスと勘違いして客の大事な物を預ける。その大事なものは従業員に対するお布施だから、当たり前のように従業員は取って行くのである。

 だから、くれぐれも、セイフティボックスには大切な物は預けてはならない。せいぜい、縁のない利用価値のないレンズ(虫眼鏡)を預けるべきである。

 もしかすると、今までの恩返しに、虫メガネと交換されたコガネムシが18匹残されているかもしれない。

 そのとき頭の中に次の童謡が思い浮かぶだろう。

 ♪~黄金虫は金持ちだ 金蔵立てた蔵立てた

   飴屋で水飴買って来た

  黄金虫は金持ちだ 金蔵立てた蔵立てた

  子供に水飴なめさせた~♪

    (「黄金虫」作詞:野口雨情 作曲:中山晋平

 

割れた茶碗

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割れた有田焼

  茶碗が割れた。食器を洗っているとき、石鹸にまみれた茶碗をすべらせて落とし割った。一瞬のことだった。軽く落ちたと思ったのにパリンときれいにちいさな2片を作り割れた。

 その茶碗は数年前、ある有田焼専門店で買った。手に取ってみてあまりの軽さに驚き、何度も他の食器と持ち比べてみて一番軽く感じられたので、とても気に入って買ったものだ。

 使うとき洗うとき、いつも他の物よりも軽いなと感じながら手に馴染んでいた。

 それがパリンときれいに割れた。粉々にはなっていない。割れ目を繋ぐときれいに合う。そのまま接着したらもとの形に戻りそうなくらいである。

 茶碗・皿が割れるのは何かの意味があるという。

 

 男は声を飲み込んでしまった。

 茶碗が割れた瞬間アット言ったきり言葉が喉の奥にくぐもって一時的に喋れなくなった。その後、少しの言葉をつかえるようになったが長話ができない。

 男はどちらかというと、やたらとお喋りの方であった。人の話に割り込んできて、その他人の話をまるで最初から自分が話し出したかのように喋り続ける特技があった。

 つまり、よく言う「話泥棒」人間だったのである。

 だれかが、昨日見たテレビの話をすると、すぐに、自分も見たと話しだし、そのテレビの話を延々に話続けるのだ。それは、それで話し出したほうもそのテレビに興味があったので話したのだから、男が違う感想を持つのを拒否したりはしない。その会話がはずめば楽しいだろう。

 それが、話し手が、自分の行った旅の話をすると、男は自分は行ったことがないのに、テレビで見た旅情報をあたかも自分が行ってきたかのように旅話を奪ってしまうのは噴飯ものである。

 男はその自分の特性を意識していない。相手に新しい情報を与えている、有益なことを言っていると思って親切心で喋っているつもりである。

 旅の話をした側に言わせれば、旅の楽しかった一次的体験を実感をこめて話したのである。自分の経験を豊かな思い出話として旅話をしたのである。それを、男の二次情報で塗り替えられると腹も立つものだ。さらに、テレビの情報はかなり高級なホテルに泊まったとか、美味しい料理を食べたとか、普段は行けないところも行ったなど情報満載で、旅人自身のつつましやかな旅行体験が色あせてしまい、話す気力もなくなってしまう。

 そうなると本格的な「話泥棒」で犯罪的である。

 しかしながら、男にはそこのところの機微がわからないのだ。人の話を最後まで聞くことができない。男の頭の思考回路は相手の言葉尻を捕らえて自分の物語に置き換える天才的頭脳が備わっているのである。

 すべての話題は自分に関りがあり、片時も自分を離れては成立しない。外国の偉い人の話でも、あたかも自分の知り合いの誰彼の話であるように自分に結びつける幸福な人間である。

 世界の中心に生きている「最大幸福」の人間である。

 ベンサムの「最大多数の最大幸福」を一人独占してるのである。

 なるべくなら、そのような人間には「君子危うきに近寄らず」と敬して遠ざけるべきである。

 そのような男が言葉を失った。しかし、少しの言葉は使えるが、長話ができなくなったのである。

 お喋り好きが長話ができないのは酷刑(滑稽)であり、可哀そうでもある。同情もするが嫌みの一言でも言いたくなるものだ。

「沈黙は黄金なり」で泥棒する必要がなくなったね、と。

 自分の特技(「話泥棒」)が発揮できないし、さらには、苦手な聞く耳(沈黙=黄金)を育てなければならないから。

 男は人間嫌いではなかったので、長話ができなくても人付き合いを続けた。最初は、人の話を聞くのも苦手だったが、少しづつ聞く耳を育てた。相手の話に相槌をうつのがうまくなった。少しの言葉で的確に反応することができるようになった。話を聞くのだから、相手の顔を見なければならず、その表情を観察することができるようになっったのだ。

 男の聞く耳はウサギ並みの聴力となり、目はタカ並みの観察力になった。

 聞く耳を訓練することによって、他人が自分とずいぶん違うのだと理解できた。他人の話がこんなに面白いものだと初めて知ったのである。

 タカの目で自分の回りを見ると、男はとんでもないものを見つけた。遠くに天使が飛んでいるのを見つけたのだ。

 男は、天使に話しかけた。

「言葉がうまく使えますように」とお願いした。

 すると、どうだろう。その翌日から男の唇にはたくさんの言葉が溢れるようになった。

 しかし、男には聞く耳という「ウサギ耳」と観察力という「タカの目」をもっていたので、「話泥棒」になる必要はなかった。

 男は「小話」好きな落語家になった。

 男の「タカの攻撃を忍者のように避けるウサギジャンプ」という創作落語が評判を呼んだ。

 その後、男は割れた茶碗を金継ぎし、家宝として台所に飾った。

 

 

 

その先には何にがある

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季節はずれのビーチ

  ここはサイハテの島、南端孤島の西の果てにある漂流島。

 草木も生えぬ荒れ地に枯れ木が一本立っている。流木が西のかなた太平洋から流れ着いたのだろう。海藻の緑が白い砂地に埋められていく。

 空と海が交差する水平線、その先になにがあるのだろうか。

 

 と思いたいが、ここは季節外れのビーチの海岸線。

 訪れる人もいなくなった人口ビーチは、夏の賑わいを忘れ、静かな波の音だけが聞こえる簡素な砂地地帯になっている。

 人工的につくられた湾岸は美しいカーブを描いているが、人々が訪れなければすぐまた荒々しい海岸線に変わるだろうか。

 海の向こうに一艘の船が遊覧している。遠くに航行しているので軽やかに海に漂っているように見えるが、波の高さに上下するように揺れていて、波間に浮かぶ枯葉のようにも見える。

 嵐になったらどうなる、と心が揺れる。

 忘れ去られた海岸、季節外れのビーチ、朝日が昇る時だけ映える水平線の向こう側には何があったのだろう。

 そこには昔、祈りの島・神の島があったと人々は言う。

 一匹の蝶がひらひらと太平洋を横断して来た、と書かれた詩があったけ。(※)

 「あっつ、チョウチョが枯れ木に止っている」

 そんな幻視を生む青のグラデーションに彩色された空に思わず息をのむ。

 琉球首里王府に残された古謡・神歌のおもろそうしに蝶は次のように謡われている。

 すゞなりがふなやれの節

 一 吾がおなり御神の

   守らてゝ おわちやむ

   やれ ゑけ

 又 妹おなり御神の

 又 綾蝶 成りよわちへ

 又 寄せ蝶 成りよわちへ  (「おもろそうし」第十三)

(歌意)

  我々のおなり御神が、守ろうといって来られたのだ。

  やれ、ゑけ。おなり御神は、美しい蝶あやしい蝶に成り給いて、

  守ろうといって来られたのだ。

 

 一匹の小さな蝶が大海原を渡って来て、この美しい島を守っている。

 

      ※「てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った」(「春」安西冬衛

 

 

事務所の中のジャッカル

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メキシコの守護犬

 ある年の初夏の一日。

 携帯が静かになった。
「ハーイ、何している。退屈でしょうがないよ。どこかに行こうよ」
 いつもの気まぐれなウサギからのメールだった。

 俺は疲れていた。今日は日曜日。昨日は土曜日、にもかかわらず会社に出勤して夜遅くまで働いていた。

 そして今、その残務のため、誰もいない会社の部屋で一人パソコンンに向かっている。午前中に昨日の仕事の報告書の続きを作成しなければならないのだ。
「今日は、午前中、仕事でかり出されて抜け出せないよ」
「なんだ、つまんない。

 久々に天気がいいからどこかドライブでもしようかと思って誘ったんだよ」
「ありがとう。俺も今日は外ではしゃぎたい気分でいた。

 仕事が終わったら、海でも見に行きたい気分だ。

 窓から見える青空がまぶしくてさ。もう、梅雨もあけるだろうな」
「そう、わたしも、この一か月ずっと、雨のち曇りの日ばっかりでしょう。洗濯も満足にできない日が続いてさ。

 朝起きたら、あまりの空の青さにびっくり、日曜日だしどこか行こうと思ってメールしたんだよ」
「OK。仕事を早めに終えて、北部でも行こうよ」
「じゃ、仕事が終わった連絡してね。バイバイ」
「バイバイ」
 俺は、携帯を脇に置いて、パソコンに向かい、猛烈に機関銃を連射するようにキーボードを打っていた。

 報告書は、修正も含めて一時間で仕上がった。

 次の目的があれば、どんなくだらない仕事でも集中して早めに終えることができる。 

 いつもは、時間潰しの仕事モードだが、余計な残業代もつかないサービス業務は早めに終えるに限る。
 窓の外を見ると夏雲がニッコリ笑って俺のつぶやきにうなずいている。

 人間は、あんがい天候に左右されるのだな、と俺は哲学者の深いため息とついた。

 世界の意味がチョットだけ理解できた。
 パソコンをシャットダウンし、部屋の明かりとクーラーを消し、事務所の部屋のカギを閉め、警備の自動装置をセットし、建物の外に出るドアのカギを閉め、さらに、格子のカギを閉めて、俺は会社を後にした。
 車に乗って帰路に着く。
 そういえば、俺がこのセンターに移動して初めての事務所の開閉だ。

 その間俺は、なるべく、誰かが残業しているうちに帰るように意識して帰る時間になると時計ばかり見ていた。

 一人ひとり、順序良く退社するが、必ず、誰か遅くまで残業する社員がいて、その間をうまく、「波乗り稲村ジェーン」のようにサーフィン帰りしていた。
 初めての居残りは仕職場に慣れる訓練になる。

 新しい職場のその事務所への適応は時間がかかる。

 あの席に、あの人が、この席にこの人が、なぜか、それぞれに自信をもって居座っている。それは、自信満々に仕事をこなしているよう見える。

 俺のこの椅子は、以前、誰かが座っていた。引き出しを開けるとその人の気配を感じる。職場の和気藹藹は俺にはふさわしいのか。前任者の魅力的な人物像が作り出した空間に俺は相応しいのか。
 なぜに俺はここにいるのだろう。悩める凡人のため息をつく。
 俺は、三か月間、大自然の息吹にシンクロするジャッカルのように息をひそめて周りをうかがって引き攣った笑いを繰り返してきた。

 耳と、鼻を笑い目の奥に忍ばせて、居場所周辺の音を聞き、匂いを嗅ぎ、五感のフルスロットルで戦場を暗中模索していた。
 今日俺は、この事務所の隅々まで観察し、机の位置を確認し、今まで歩いて行けなかった端っこの場所まで足を延ばし、棚に手を置き、犬がテリトリー内におしっこするように両手でバタバタ指紋をつけた。

 隣の机までの歩数を数え、開けても見たことのない扉を開き、冷蔵庫の中を覗いた。腐った匂いはなかった。
 俺は、満足の笑みを浮かべ三か月間の苦痛が体全体から少しずつ引いていくのを感じた。空腹を感じたので、腐っているかもしてない誰かのロールパンを冷蔵庫から取り出し食べた。まずかったが、食べたということに満足を感じ、気分はよかった。
 今日は、この空間を俺が支配している。そう感じた。明日からは、おびえずに仕事に集中できるだろう。
 車は、クーラー全開の完全冷房で、暑い熱気を車外に輩出し、快適に海岸道路を疾走する。

 半島のハイウェイに侵入した瞬間、時速100キロのスピードで飛ばした。

 俺の高揚感は脳内細胞を刺激し肉体をはみ出し、道路の向こう側まで飛んだ。すると、車も同時にスピンし、空中を飛んだ。

 俺は、胃に痛みを感じ、腔内に臭気を嗅いだ。
 俺の目の前を冷蔵庫のロールパンが飛び散っていた。

 俺は車ごと海に突っ込んでいった。

 

 

八本指のエビの足

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皿に残されたエビフライの尻尾

   

 猫の指の数が何本あるかご存じだろうか。前足が5本、後ろ足が4本あるのが通常である。

 作家のヘミングウェイの愛したネコには前足の指が6本あった。それを「ヘミングウェイ・キャット」と呼び幸運を招くネコだと言われている。

 海を愛したヘミングウェイは船に乗って釣りに行くことが好きだった。

 知り合いの船乗りの船長からもらったネコには6本の指があった。船乗りの世界では、ネズミをとるネコは重宝され、帆船のロープを器用に渡る、それも6本指のネコはどちらもうまく「幸運を呼ぶネコ」としてお守り代わりになっていたのだ。

 ヘミングウェイが譲り受けたネコも6本の指を持っていた。

 指の数が多いネコは幸運を呼ぶ。

 しかし、・・・

 

 私は、とある港町の海産物料理屋にいた。

 私は八時間も車を運転していた。

 朝から、注文の品物を届けるためはるばる、会社から八時間も車を運転してこの港町にたどり着いた。注文の品を相手方の会社に納品してやっと一息ついて、表看板につられて入った店がここだ。

 看板は港町にふさわしく派手な魚介類の絵で装飾してあった。

 私は、朝から食事もせずに八時間、途中ガソリンスタンドで買ったスナック菓子を食べただけだった。もうクタクタで腹がペコだった。

 ノレンをくぐると普通の居酒屋風の店構えで、私はカウンター席に腰掛けた。メニューを見るとやはり魚料理中心の品書きだった。

 私はエビフライ定食を注文した。この地域はエビ養殖が盛んで、養殖エビを主な地場産業商品として売り出している。いろいろなエビ料理がメニュー化されている。

 私はそのタクサンあるエビ料理には目のくれず、見慣れたに簡単なエビフライを注文した。

 チョット遅れて入って来たお客さんもカウンター席の隣に座ったが、同じような一見さんらしく、目をキョロキョロさせていたが、結局、エビフライ定食に落ち着いた。

 私の方が少し早くエビフライ定食が出された。

 大きなエビが四本並び、豪華な感じがした。私は、ゆっくり肉厚のエビをかみしめるように食べた。

 隣の客は、急いでいたのだろう。私よりも後に出されのだが、相当にお腹がすいていたのだろう、あっという間に四匹のエビフライを平らげて帰っていった。

 私は、こんなおいしいエビフライを味わうこともなく早食いするなんでもったいないと思った。でも、初めての客には普通のエビフライだと思ったかもしれない。

 よく見ると、なぜか、皿の横に四つのエビの尻尾が綺麗に並べられている。

「ふん、変わった食べ方だな」と私は気にもせず自分のエビフライを食べ続けた。

 エビフライは美味しかった。今まで食べたエビフライの中で一番美味しいエビフライだった。それも四本もエビがついている、豪華賢覧なエビフライ定食だと思って満足して食べ終わった。

 ふと、横をみるとまだ、隣の客の皿は片付けられていない。エビの尻尾が四尾、皿のあたま?の左側に並べられている。なんだか、なにかの足のように見えてくる。

 私もなぜか、自分の食べ残しのエビの尻尾を皿の左側に並べてみた。

 皿の頭の方に一匹づつ並べる。まるで八つの指が並んだように見える。

 八つの指を持つ動物?

 とその瞬間、突然、皿がガタガタ動き出した。それも、隣の皿も同調したかのように動き出した。

 何か、上の方から引き上げられるように、二つの皿は、交互にカウンターの上から床へと飛びはね、規則正しく前へ前へと進んでいく。まるで、両足が前進するように並んで交互に進んでいく。八本指の足が交互に前へ前へと進んでいく。

 八本指を乗せた皿が、生き物のように前進していく。私はその足につられるようについていった。二本の足は海の方へ向かっている。

 カチっつ、かちっつと皿の音を立てながら不思議な皿足はコンクリートの道を歩き、桟橋からポトンと海の中に飛び込んていった。

 私も同じように海へ飛び込んだ、と思った。

 とたんに、私は、カウンターにもたれ掛かり、水の入ったコップを転がし、べチャッと水に顔を浸し目が覚めた。

 私はもう少しでカウンターから転げ落ちるところであった。カウンターの皿は何もなかったかように、エビの尻尾が四本並べられていた。

 隣の皿はすでに片付けられている。

 私は慌てて皿を抑え、皿にならんだエビの尻尾四個を口に入れて食べた。

 八本指の足は手の指の数に勝って勝手に歩きだす。

 それは幸運な何かの兆しだろうか。