ショットなストーリー

一枚の写真から浮かぶショートストーリー

楽園

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楽園(アンリ・ルソー風?)

  

 南の海にはぽっかりと小さな島が数個並んでいた。

 真っ青な空に黄色い太陽が輝き、大きな緑の樹木が生い茂り、真っ赤な花が咲き誇る地上の楽園。

 手をのばせば身近に黄色の食べ物があふれ、川には手でつかむことのできる程の無数の銀色の魚が泳いでいた。

 海からは何にでも使える色とりどりの漂流物が流れ着き、簡単にカラフルな家を造ることができた。多彩な色、赤、青、黄色、緑の魚が釣れた。

 透明な雨は雨水となって池に貯められ、黄金の雷の光は火となり夜を照らし魚を焼いた。

 人々は苦労もせずに一日の生活をバラ色に送ることができるはずだった。

 そう、南の島は「楽園」と呼ばれていた。

 その日が来るまでは。

 人々は果樹酒を飲み、大漁の魚を食べ、樹木の太鼓を叩き、大地をけり踊り明かした。

 その日が来るまでは

 朝になれば東から大きな太陽が昇り、昼には頭上に太陽が燦燦と輝き、夕方になれば西の海に沈む太陽を眺め、夜になると人々は満天の星空を仰ぎみることができた。

 その日がくるまでは。

 ・・・

  島一番の漁師サブローは大きな魚を釣ろうと巨大な釣り針と、大きな釣竿を担いで漁に出た。三日三晩船のエンジンを回し続け、遠洋に出た。いくつものリーフを超え、誰も行ったこともない北の海を目指した。

   何千もの荒波を乗り越えてたどり着いた海は、今まで見たこともない真っ黒い色だった。海は深く、そこには何か巨大な魚がいそうな気がした。サブローは船のエンジンを止め、錨を下した。

 船に設置した巨大な釣り針にはマグロの切り身が仕掛けられ、サブローは慎重に釣糸を下した。 

 頭上には燦燦と輝く太陽が船の行動を見守っていた。サブローの額からは汗が滝のように流れた。波しぶきが船にあたり大きな音をあげ、船が少し揺れた。

 待つこと三時間、空は雲一つない晴天である。海鳥が海すれすれに飛んでいく。サブローの全身は汗だらけである。何もしなくでも太陽に照らされているだけで汗がでる。風は南から吹き心地よい。

 それから、数分後。釣竿がピックと少し動いた。サブローは気づかない。目をつぶって瞑想でもしているようだ。止水明鏡。禅的世界に心酔している。

 ぐらっと船が揺れた。大きく釣竿に引き寄せられるように船は少し海に沈んだ。サブローはカット目を開き、素早く釣竿に手をかけた。リールがスルスルと廻って釣り糸が持っていかれる、相当なスピードでリールの留め金が廻っている。

「大きな魚だ」サブローはゾクゾクした。

 今までにない手ごたえを感じた。

 サブローは釣竿を握りしめて釣糸の行方を追う。釣糸は右左に揺れ、釣竿先もそれにつれ大きく左右に揺れ半楕円のようにしなる。サブローの手が震える。釣竿の位置が定まらない。

 大きな力に引きずられ釣竿ごともっていかれそうだ。サブローはなんとかふんばって腰をおろし、釣竿を十分安定させて力強く引き寄せ、釣糸を自由にする。さらに釣糸は猛スピードでのび釣竿をしならせる。

「魚が疲れるのを待とう。釣糸が切れない限り釣針ははずれないだろう」糸の引き具合から、釣針は確実に獲物に食らいついている。サブローは「これは自分と魚の根気比べだ」真っ青な空の太陽を見上げた。 

  さらに、一時間が過ぎた。あれほど大きく暴れまわった大魚が、今は静かになっている。だが、疲れたようには見えない。たまに、釣糸が左右に四五mほど揺れるのだが、魚の姿は見えず、背びれの気配さえしない。波を切る釣糸に沿った太いしぶきが縦に吹き上がる。

 突然、大きく釣糸が引かれた。巨大な力に引きずられるように波が高く上がり、船が引き寄せられ大きく沈み、釣糸がプツリと切れた。その勢いで船が波に打ち上げられ、どばっと海水が船に流れ込んだ。

 サブローは頭上から海水をかぶり、一瞬息が止まった。サブローは海におぼれたよな錯覚を覚え、慌てて後ろに飛びのいた。

 あっというまに、釣糸は海の中に消えていった。サブローはその行方を見送るだけで、一言も発することもできず、呆然と立ち尽くすだけたった。

 一時間ほど、サブローは呆けたように船上に座り込んでいた。

 逃した魚は大きかった。本当に大きかった。サブローの目の前を陽炎のように巨大魚影が飛び去っていった。手でつかむこともできない大きな陽炎は海の匂い、塩の匂いだけを残して消えていった。

 サブローは諦めた。南へ向けて船のエンジンを全快させた。さらに、何千もの荒波を乗り越え、黒い海を越えてエメラルドグリーンの海を目指して南下していった。

 見覚えのあるリーフに近づいた。だが、リーフの中には島はなかった。三つあるはずの島影はなかった。あるのは、最も高い山に建てられていたカラフルな教会堂だけだった。その周辺には、打倒された樹木が浮かんでいるばかりだった。島人はいなかった。巨大津波に飲み込まれた後の残骸が見えるだけだった。

 しばらく周りを凝視していると遠くのほうに、今まで見たこともない小さな島が見えた。なんとそこに、全ての島人が流れついて一息ついているのだった。島人はみな海の民であったので、海に飲み込まれても溺れた者はいなかった。

 島人は、新しい島で新しい生活を始めるのだった。

 ・・・

 サブローは知らなかった。島と思っていたのは実は巨大怪魚アトランチスの背中のギザギザコブだったのだ。大海洋の海の中には大陸に等しいほどの古代恐竜性怪魚が生息していたのだ。その恐竜はあまりに大きすぎて海を泳ぎまわることが出来ず、じっと動かず、たまに細長い首についた頭部の口を開けるだけで餌を食べていたのである。それで、何千年も生きていたのだ。

 あの伝説の「アトランチス大陸」は、その巨大怪魚の胴体がまるごと浮かんでいたのが、長い長い年月にうちに、その上に帝国を建設したのだった。その胴体部分は重すぎて沈んでしまった。

 背びれのギザギザだけが浮かんで、島々として残ったのだった。

 そのアトランチスの歯には小さな針が引っかかっている。巨大怪魚アトランチスは、たまにその小さな針で歯が痛み首を振るが、そのため高波が立ち、島ではそれをツナミ(釣波)と言っている。

 さらに、長い年月がたった。

 今では島の数が増えている。その島の上には大陸からの火山灰が飛んできて台地を造り樹木が生え、川が出来、緑豊かな島に変貌した。

 リーフに囲まれた海にはカラフルな魚があつまり、島はまた豊かな島になっていった。

「いつの日にか又、第二のサブローが現れるかもしれない。その日が来たら、アトランチスの謎は解明されるだろうか?」

 ・・・

 ・・・

「あっつ、天の声が聞こえた」と思ったらソクラテスは目が覚めた。

 窓からはまぶしい光が目にあたっている。体中に汗をかいている。ソクラテスは起き上がり窓の外を見た。そこは鉄条網で囲まれ樹木が生い茂っていた。真正面に真っ赤な花が咲いていた。

 ソクラテスは獄舎の中で夢をみていたのだった。