ショットなストーリー

一枚の写真から浮かぶショートストーリー

戻り橋

 

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 隣町M町に行くのには、その橋を渡る必要があった。

 その橋はそれほど長くないが、車が一台しか通れない横幅の小さな橋だった。だれもが、昼間でもライトを照らし、軽くクラクションを鳴らし向こう側に合図を送り、車の鉢合わせを防ぐようにしていた。

 一台の車が橋を渡って行った。

 その車は橋を渡るときの礼儀を知っていなかったのだろう。昼間であったのでヘッドライトを点けず、向こう側からの車も来ないだろうと、クラクションも鳴らさず橋を渡って行った。

 橋の真ん中あたりまで来たとき、一台の車が止まっているのに出会った。車を運転していた男はビックリした。前方を見ながら反対側からは車が来る気配もないと判断し、一気に通り抜けようとスピードをあげて車を走らせていたので、車が目の前に浮かび上がって来たのに驚いたのである。男は急ブレーキをかけて車を止めた。

 橋の真ん中に黒くて、車の塊のような影が見えたのだ。車の方向は分からない。おそらく、同じ方向に向かっている車だろうと、男は思った。

 男はクラクションを鳴らし、ヘッドライトを点滅させて合図を送った。黒い塊からは何の反応もない。男は車のブレーキをはずし、ゆっくり黒い塊に近づいた。よく見ると自分の車と同じ種類の車種で、色形が同じである。

 男の車が動き出すと、前の車も少しずつ同じスピードで走り出した。男はホッとしたが、前の車のあまりにも遅いスピードにイライラしてきた。

 男は、クラクションを大きく鳴らし、さらに、ヘッドライトを点滅させ前の車にスピードを速めるよう促した。だが、前の車は我関せずと、ノロノロ運転を続けるばかりである。狭い道幅で、追い越すわけにもいかず、男はイライラしながら運転していた。

 いつのまにか後ろの方から、かなりのスピードで近づいてくる車があった。その車も男と同じ車種で色形も一緒だった。

 男はあわてて、車のスピードを速めようとしたが、前には車がある、後ろからは車がかなりのスピードで近づいてくる。男は、加速ペダルと思いきり踏み込んで、前に進んだ。男の車のスピードをあげれば、前の車も気づいて、スピードをあげるだろうと思った。

 しかし、前の車はそのままノロノロ運転だった。

 男の車が突然急発進し、前の車とぶつかったと思った瞬間、同時に後ろからの激突音が男の耳に聞こえた。

 ガシャ!

 と音が橋上に響き渡ったと思ったが、何の音も聞こえなかった。男の前に車はなかった。後ろの車の気配も消え、男の車だけが橋の上を走っていた。

 夢を見ていたのだろうか。男は首を傾げ、前方を凝視し、バックミラーで後方を確認したが、どこにも車の塊はない。ホットひと安心、男は車を止めて下りてみた。

 男は、車両の前と後ろを確認するが、衝突した跡はない。前後には車もない。「俺は居眠り運転をして夢の中で事故にあっていたのだろう」男は妙な納得をして事態を理解しようとした。

 男は車に乗り直し、そのまま橋を渡り切った。

 その日から、男には不思議な出来事が起こるのだった。

 いちおう用事をすませ、男はまた、橋を渡って自分のN町に帰って来た。その時男は、車には妻と一人娘が同乗していた。車の衝突事件(?)にも二人は怯えることなく普段通りの対応だった。

 男と家族の生活は何事もなかったように続いている。男は朝早く会社に出勤し、妻は子供が学校に行くと、近くのスーパーでパートの仕事を午後5時まで働いるらしい。

 近くに住んでいる男の同僚は、男の行動の異変に気付いた。男は三年前から一人住まいだったはずなのに、最近なぜか、車の中にしばしば人影らしきものがみえることがあった。

 三年前、男の妻と娘はあの橋の上の交通事故で死んだ。その事故は橋の上での三重衝突の事故で、男の車は間に挟まれ大破したが、男だけはかろうじてハンドルを切った分重傷であったが、命に別状はなかった。

 妻と娘は即死だった。あれから三年たっているはずだ。

 事故当時は男も動揺して車を乗ることができなかったが、年月が経つと自然に車にも乗れるようななったが、二度とあの橋を渡ることはなかった。

 男は隣町にはわざわざ遠まわりして、山を越えて行くようにしていたのだ。それが、三年目のある日、男は橋を車で渡った。

 そして、帰りに男は何かを乗せて帰って来たのだ。

 橋の名前はかつては「戻り橋」とも言われていたらしい。

 同僚は今、どのように男と話せばいいのか悩んでいる。男の表情には、三年前の本来の明るい気質が溢れている。