ショットなストーリー

一枚の写真から浮かぶショートストーリー

金豚が空を飛んだ。

 

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金豚グッズ

 

 紅の豚』(宮崎駿)の主人公、ポルコ・ロッソは自分の飛行機乗りの経験から言う。

「飛ばねぇ豚はただの豚だ」

 だが『不思議の国アリス』では豚が飛ぶことはあり得ないこととして意味づけている。

 

 「わたしにも考える権利はあります」と言うアリス。

 「ブタにだって飛ぶ権利があるようにね」と侯爵夫人。

          (『不思議の国のアリス河合祥一郎訳)

  

 常識的には豚は空を飛ばない。豚を例にするほど豚が空を飛ぶことは絶対にありえない超怪奇現象として位置づけられていることを言いたいのだろう。

 豚が空を飛ぶことはあり得ないが、もし、空を飛ぶ豚がいるとしたらどうなる。

 「空飛ぶ豚」は特別な豚であり、豚を超えた豚であり、もしかしたら空を飛ぶのだから「神」(聖なる豚)に近いのかもしれない。

 そうすると、豚は豚でも神(聖なる豚)に近のだから人間を超えているわけで、そうたやすく「空飛ぶ豚」を見下すことはできない。

 人間としては「食えない豚」と言うべきである。

 それは沖縄の言葉に「鳴き声以外の豚のすべては食える」という名言があるが、その「豚の鳴き声」に匹敵するのが「空飛ぶ豚」なのかもしれない。 

「豚の鳴き声」をだれも食べたことがないように、「空飛ぶ豚」はだれも見ることができない。もし、その「空飛ぶ豚」を見ることがあれば、それは、本当に幸運に恵まれた人だけである

 それもさらに金の豚であれば、なおさら、あり得ない出来事の倍掛けあり、同じく「金豚の鳴き声」を食べた人間は宇宙人とのコンタクトに成功した人に匹敵する大変事である。

 僕はその「豚の鳴き声」を食べたという人に出会った。

 数年前の話である。

 僕は牧志の公設市場のゲートの中の奥地にある川沿いを歩いていた。そこは古い建物が何件も立ち並び、まるで闇市のような雰囲気を感じさせる異世界だった。その中に一軒のおんぼろ食堂があった。

    赤ちょうちんの並ぶ飲み屋街のような一画の端っこに置き忘れたような、10人も客が入るといっぱいになるほどの小さな食堂だった。店の中には1人のお客さんがカウンターの端っこに座って、酒を飲みながら料理をつまんでいた。

 僕は、2つしかない、小さな2人掛けのテーブルの椅子に腰掛けた。ほかにお客さんが来たらカウンターに移ればいい、と一見さんらしく、お馴染みさんのようなカウンターの客とは離れて、端っこの2人用テーブルの椅子に座った。

 定番の「沖縄そば」に「ゴーヤーチャンプルー」などの沖縄料理のメニュー表の中になんと、豚料理の欄に「足てぃびち」「ソーキ汁」と並んで「豚の鳴き声」(時価)と書かれていたのだ。

 僕は、壁に貼り付けてある色あせたメニュー表を見ながら、なかなか変わったユーモアのある店主がいるものだと半分笑って読み流していた。

 この店は豚料理がメインそうだから、僕は「中身汁定食」を注文した。ついでに、酒が飲みたくなって、泡盛も注文した。

中身汁定食」にはマグロの刺身と揚げ豆腐とお新香などがついていて、なかなか、ボリュームのある定食だった。

 ときどき、泡盛のジョッキ杯を飲みながら定食を流し込む。僕はどこかへ行く当てもないので、料理を味わいながらゆっくり食べていた。

  水割りの泡盛はそう強くない度数で、飲みやすくいい塩梅の喉心地だった。最初はそう思っていた。しかし、2~3度杯を傾けるうちにかなり酔っている自分に気づいた。

 おかしい、この程度の酒で酔うはずがないのにと僕は酒の手を止めて、料理を多く食べようと中身汁に箸をのばした。

中身汁」は豚の贓物のお吸い物で、豚の内臓、小腸・大腸・胃などを軟らかく煮てシイタケやこんにゃくを入れた鰹汁の優しい食べ物である。肉は相当に煮込んでいて食べやすく、体の中にスーッ入っていった。

 刺身も身が厚く、添え物にしてはボリュームがあり、食べ応えがあった。豆腐の味付けも美味しかった。

中身汁定食」は大満足だった。

 しかし、なぜか泡盛の水割りは飲みやすい割には酔いが早い。僕は意識がとぎれとぎれになりながら、今、俺は食堂で定食を食べながら飲んでいるんだな、と自分をまるで他人を見るような感覚で認識していた。

 店主はカウンターの客とお喋りをしている。かなりなじみの客らしく、和気あいあいとしゃべっている。

 僕は、料理を食べ酒を飲みながら、聞くともなく二人の話を聞いていたが、なんだか、変な話で盛り上がっているような気がした。

 会話はとぎれとぎれに聞こえてくる。

「・・・火曜日の夜になるとカエルが飛ん・・・寝ている婆さんのTVリモコンをいじってテレビをみたり、干してあるシーツで遊んだり、犬を追いかけたり・・・翌朝、警察が来て落ちた水辺の葉っぱを調査した・・・、その次の週は豚が空を飛んでさ、何かが始まるわけよ・・・」

 と奇々怪々な話をしている。「豚が空を飛んで」のところははっきり聞こえた。

 僕には、二人の会話はまるで昨日の出来事をそのまま現場で見てきたかのように話しているように聞こえた。

「はあぁー、ここでは夜になると豚が空を飛ぶわけ?」と酔いと、からんだ思考と、不確かな常識とが感がらがってなんとなくあり得そうだなと不思議に感得した。

 僕は、酔いの勢いが勝って、いつもは控えめの性格が、まるでワー(豚)が乗り移ったかのように、ワーンカラワーンカラと豚の鳴き声を発し(胸の内で)、引っ込み思案の自分を押しのけて、そのカウンターのお客の席の隣に移って行った。

  僕が近寄って来たのでカウンターの客はビックリして僕の顔をまじと見ていた。そのうち、こいつは酔っ払いだと思ったのだろう、やさしく接してくれた。

 僕は名前を名乗り、話の面白さに釣られてしまったと正直に話した。なにがそんなに面白かったのかと聞くので、「空飛ぶ豚」と口にした。すると、その客はニタっと笑みを浮かべ、さも愉快そうにうなずいた。

 客の顔をよく見るとビンタに白髪があり、口ひげを生やしなんだか仙人風の陶芸家先生に見えた。

 詳しく話を聞くと、それは、昨日、陶芸家先生の孫が持ってきた絵本のお話で、『かようびのよる』という文字の少ない絵だけがある不思議な絵本だとのことだった。

 絵本の中で火曜日の夜になるとカエルが出てきて騒ぎ、次の週には豚が空に浮かんでいる絵で、何かが始まりそうな予感で終わるミステリー風の絵本で、大人がめくっても面白いとのことだった。

 僕は、その話が本当に起こったのではないか、と話の上手さにまじめに信じて興味深々だったと告白した。

 陶芸家先生はさらにロック・ミュージックの「ピンク・フロイド」に空を飛ぶ豚の絵のジャケット(『アニマル』)があると教えてくれた。

 すると、店主がそのCDをかけてくれた。なぜか、調理場の端っこにCDプレイヤーがあった。おんぼろ食堂には似合わない音楽が店いっぱいに鳴り響いていく。

 かなりいい音響装置である。ロック音が所狭しと端々を飛び交っている。地響さえ感じられる。

 店主はCDアルバムのジャケットを見せてくれた。その絵はロンドンの川沿いの発電所の上を豚が飛行船かアドバルーンのように浮かんでいる。不思議な感じがした。食堂の空間が一気にロックライブハウスと化したようだった。僕らはしばし音に酔いしれていた。

 

 )Pigs One The Wing(Part One)

   飛ぶ豚・パート1

 2.Dogs.

            ドッグ

 3.Pigs(Three Different Ones)

   ピッグ(3種類のタイプ)

 4.Sheep

   シープ

 5.Pigs One The Wing(Part Two)

           飛ぶ豚・パート2 

           

 新参門の僕は二人と仲良くなって、なんとなく打ち解けた関係になっていたような気がした。

 僕は気になっていたメニュー表の「豚の鳴き声」について聞いてみた。ほんとに「豚の鳴き声」料理があるのかと聞いた。

 すると店主は困った顔をして言った。

「いや、あれは今は品切れだ。材料がめったに手に入らないから長いこと料理したことがない。作り方も忘れてしまった」という。

 僕はなんだ、ただのほら話かと落胆した。

                     (続く)