ショットなストーリー

一枚の写真から浮かぶショートストーリー

赤と黒の表示プレート

 

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トイレはあちら

 男はビルの屋上のビアガーデンで生ビールを飲んだいた。

 いまだ日の強い夏の話(九月だからもう初秋?)である。

 太陽のまぶしい夕方の五時ごろから飲み始めたのが祟ったのだ。陽の下のアルコールは酔いが廻るのが早い。

 飲み放題コース、セルフサービスの生ビールは何杯でも飲めた。飲み放題にセルフサービスとは「悪魔の誘い」である。

 まるで自分の家にいるように、保冷庫から勝手に冷えたジョッキ杯を出して、自分で生ビールを注ぐのだから遠慮はいらない。

 男は貧乏性で、もとを取ろうと心が向いているから、なるべくたくさん飲もうと張り切った。

 酔ったらたくさん飲めないから損だと、酔っている自分をごまかして、酔ってないふりをしてビールをがぶ飲みする。

 一杯目、二杯目、三杯目、四杯目と、これで半分は越したぞ。男はつまみを食べるのもそこそにビールを飲み続ける。

 五杯目、六杯目、よっしや、もう一杯でもとが取れて損は無し。

七杯目、これで上々ご破算で願いましては〇(ゼロ)。

 ここで、天使がささやく。

「N(のん兵衛)さん、もう十分ですよ。あたなは大変酔っていて今天国にいる気分でしょう。天国にいる今が一番幸せですよ」

 そのささやきにNは顔を向けた。

 すると、その赤い天使の影が動き出した。

 影は黒く(悪魔)大きな両肩をとんがらせて、囁いた。

「いや、Nさん、これからが儲けですよ。もう七杯飲んだから只になって、これから一杯ずつ飲んだら大儲けですよ」

 悪魔の計算式=(飲み放題=生ビール七杯)-生ビール七杯=〇

       〇+一杯=一杯儲け、+二杯=二杯儲け・・・と。

 男は酔った頭で計算した。

   そして、男は何杯飲んだか分からなくなるほど、さらに生ビールを飲み続けた。

 赤い天使は「もうよしなさいと」と小言を言う。

 黒い悪魔は「まだまだですよ」と誘惑する。

 男の斜め横の黄色に縁どられた表示プレートの中の絵が赤・黒とバタバタ飛び舞っている。

 そのうち男は下腹部に腹騒ぎを感じて、思い出したように表示プレートの矢印の方向に歩き出した。

 一階下にそれはあった。しかし、そこは立ち並ぶ人でいっぱいだった。

 男はもう一階階段を下りた。そこにも人々が並んでいた。

 男は下腹部の腹騒ぎに、喉の吐き気も覚えてきた。男は我慢できず、萎える足取りで小走りした。

 近くのエレベータに乗って最下階までのボタンを押し続けたが、体全体がぶるぶる震えだし、なんだか、汗のような変な生ぬるい水分が全身に染みわたっていった。

 男は、別府温泉の「極楽トイレ」ならぬ、「トイレ地獄」へ向けてまっしぐらに下降してゆくのであった。